短編 | ナノ

彼とわたしの関係はひどく曖昧なものだった。家族ではないし恋人でもない。強いて言えば、師弟関係。彼がわたしを拾って傍に置いているだけの関係。行き場も帰る場所もなかったわたしを傍に置いて鍛え上げてくれた、世界にたった一人の拠り所。彼はわたしを青い果実と言って念や体術が向上するように指導してくれる。いつかわたしを殺すために。それでもわたしに関心を持ち接してくれる彼が大好きだった。
良く晴れた爽やかな朝、彼は突然「ハンター試験を受けてくるよ」と言い残して出て行ってしまった。ハンター試験。わたしでも知っている、ハンターになるための試験で下手をすれば命だって落としてしまう危険なものだ。まあ彼なら大丈夫だろうけど。そんな事より、ハンター試験は期間が分からない。明日帰ってくるかもしれないし、一週間後かも。もしかしたら一年後という可能性だってある。それまでわたしは彼に稽古をつけてもらえない。それでは鈍ってしまう。彼の興味がわたしから離れてしまう。そんなことになったら、わたしは、生きていけない。いつ帰ってくるか分からないので多めに見積もって二週間、わたしは天空闘技場に行って一人で腕を磨くことにした。
見上げるほど高い建物、あっという間に上の階まで行くことができた。念を覚えていたからだろう、二百階でもう三勝している。ここで十勝するとフロアマスターとやらに挑戦できる。しかし面倒なので二週間丁度経過すると同時にこの地を去ることにした。
彼がハンター試験を受けに行ってから半月ほど経っただろうか、いつものように一人分の朝食を作っていると懐かしい気配を感じ、玄関に向かう。そこに立っていたのは紛れもなく、ずっと会いたくてしょうがなかった、帰りを待ち焦がれた彼が立っていた。目立った外傷もなく無傷で。彼は生きて帰ってきた。

「お帰りなさい!」

急遽朝食をもう一人分作りながら久しぶりに帰って来た彼を出迎える。二人でご飯を食べるのはいつ以来だったか。何を話そうか。ハンター試験はどうだったか。前よりも強くなっているのを証明して褒めてもらいたい。

「ハンター試験、どうだった?」
「うん、良かったよ」
「そっか。あのね、わたしあれから天空闘技場に行ったの。ヒソカが行く前よりずっと強くなったんだよ」
「なまえ、」
「なあに?」
「キミはもういらない」
「え……っぐ、う」

なに、なに、何? 何が起こった? 左肩が熱い。服にじわりと赤が広がり、床に零れる。見るとトランプが深く刺さっていた。あれ、ヒソカ? あれ? なんで。疑問は声に出ることなく喉につかえた。かわりに出たのは苦痛に歪んだ呻き声。次々にトランプはわたしの体を赤く染め上げ、ついには立っていることができず力なく倒れた。赤い血だまりが光を反射して白く見える。
いつか私を殺すため。遠のいていく意識の中これだけがはっきりと頭に浮かんだ。そうか、今がその時か。でも、何でこんなに急に。わたしの疑問を察したのか彼は頬を染めて嬉しそうに語った。

「ハンター試験で見つけたんだ、青い果実。とてもいい素材なんだ」

だからキミはもういらない。
そうか、わたしよりも資質に恵まれた子を見つけたのか。念を習得したわたしよりも。変化系は気まぐれで嘘つきだというけれど。そっか、もうわたしには興味関心はないんだ。だからいらない。残念だけど、仕方ないよね。
ここでわたしの意識はフェードアウト。呼吸と心臓が完全に停止した。


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