「じゃ〜ん!今日の差し入れはコレです!」


燦々と照りつける日差しの中、ようやく練習の終わりを告げるホイッスルが鳴ったかと思うと春奈の声がグラウンドに響き渡る。
差し入れという言葉に皆が振り向く。と、いつの間にかグラウンドの隅にテーブルが用意されていて、その上には沢山の氷と色とりどりな液体が入った瓶などが並べてあった。

何事かと思ったが、奥からマネージャーの木野と久遠が運んできた機械を見て、それが差し入れだとわかった。



暑い今日にぴったりの、かき氷らしい。





かき氷機は電動式で、氷を上に入れると下の器の中にあっという間に見事な白い山ができた。


ノリの良い綱海や円堂を先頭に、メンバーたちは順番に並び、出来上がったそれを木野から受け取ると、シロップのあるテーブルへと移動した。



シロップ置き場はセルフサービスらしい。いちごやレモンなどオーソドックスなものから宇治金時なんていうのも用意されていた。色々種類があるのは面白いと思う、が…タバスコはいかんだろう。

木暮が目を輝かせながらタバスコを手に取る姿に嫌な予感がするが、ひとまず様子見としよう。


さて、と何にするか決めてなかった俺は物珍しさに惹かれ、宇治金時と書かれたシロップを手に取った。
器に入った細氷から成る山に緑色のシロップをかけ、準備されていた小豆と白玉を添える。
宇治金時とは名ばかりの、ほとんど砂糖からできているシロップはかなり甘いと思うが…これも良い機会か。




かき氷をどこで食べようかと空いた席を探すため周りを見回す。
大体がかき氷を作り終え、壁山なんかは早速2杯目に突入する中、一人未だにかき氷を完成させていない人物を見つけた。


吹雪である。




普段はヒロトや染岡といる吹雪が一人なのは珍しいと思いつつ、これは滅多にないチャンスで、逃すわけにはいかないとかき氷を持ち早々に吹雪のいる場所へ移動する事にした。






「うーん…」

「迷っているみたいだな」

「あ、鬼道君……ブルーハワイか煉乳かで迷ってて…」


一気に2個は流石に無理だもんね、とふんわり微笑む吹雪に心が弾んだ。
俺には合いそうにない言葉だが、ときめいたのを感じたのだ。



「わぁ、鬼道君は宇治金時なんだね」

「まあな、食べた事がないから好奇心が働いたのが一番の理由だが」

「そっか…僕も食べた事ない方の煉乳にしようかな
ふふ、甘いんだろうなあ」


普段だったらブルーハワイを選ぶらしいが、北海道産ミルク使用の文字に惹かれたのか、はたまた筋金入りの甘党なのか、吹雪は煉乳を選んだ。


楽しそうに吹雪が煉乳の入ったチューブを手にとる、と丁度青いシロップをかけ終えたかき氷を持った風丸が吹雪の前に現れた。
風丸が持つ青いかき氷は、まさしく吹雪が先程まで煉乳と迷っていたブルーハワイだ。


…このチームにライバルが多いのは承知の上だったが、まさかジャストタイミングで出てくるとは…
なかなかの策士に目を向けると、奴はニヤリと俺を一瞥し吹雪に声をかけた。


「よし、なら俺ブルーハワイだから少しやるよ
どっちも食いたかったんだろ?」

「本当!?風丸君ありがとーっ!」



大好きー!と、ちゃっかり吹雪の好感度を上げる風丸に、周りから羨ましそうな視線が注がれた。
勿論俺もその中の一人に過ぎない。




そんな野郎共の視線を知らずに、吹雪はシロップかけならぬ煉乳かけの作業に移った。


「えへへ、いっぱいかけようっと」

「かけ過ぎ注意だからな…
…って早速左手に零れてるぞ」

「え?…あ、ホントだ、ベタベタする…」

「満遍なくかけようとするからだぞ…ほら、手洗って来いよ」


右手でチューブ、左手でかき氷を固定していた吹雪は案の定煉乳をたっぷりかけ、結果器から溢れた煉乳で、左手がベタベタになってしまったらしい。

洗うよう勧める風丸に、吹雪はうーん、と小さく渋る。


「洗いに行くの面倒だし、もったいないよ」



そう言うと悪びれもなく(実際悪いのはそういう目で見る俺達なのだが)


「ん…甘い……」


と赤い舌をチロ、と出し指にかかった白い液体――煉乳を舐めとり始めた。


その光景は…昼間に見ていいものかと心配になるくらい…扇情的だった。
暑さで火照った顔は色っぽさを助長し、それに加え時々「んぅ…」だの「ふあ…」だのと控えめに出る声に、かなしいかな男は邪な妄想してしまうものなのだ。





「…っ吹雪、早く洗って来い!」

「えー…この量洗い流すのはもったいないよ、もう少し…」



その光景に風丸と固まっていたが、すぐに冷静を取り戻せた俺はいち早く覚醒し吹雪に指示を出す。
至近距離でこんな行為を見てしまったが最後、俺の心臓は激しく運動した後みたいにバクバクと鳴っていた。
おそらく風丸も同じだろう、目に見えて顔が赤い。

これでは熱中症になってしまうんじゃないか?




「とにかく、拭け」


この危険な状況を乗り切る為、俺は気合いで邪念を振り払い、座っている吹雪の前に立つと、持参していたタオルで吹雪の手を拭った。



手を拭き終えると、吹雪にくい、と軽く服を掴まれた。
これで邪な感情を思わせる原因はなくなったと安心していたのも束の間、


「ついでに、ここもお願い」


さっきついちゃってベタベタするんだ、と吹雪の愛らしい顔――厳密に言えば口の周りに白い液体が付着している。

先程振り払ったばかりの邪念が脳内に襲来して来たのがわかった。



煉乳でベタついた口元を拭う。この行為に何故か…性的な雰囲気が流れた気がした。
座っている吹雪は必然的に上目遣いになり、
そう、この行為はまるで俺が吹雪に……


「吹雪君、鬼道君にかけられたみたい」


真顔で堂々と言うヒロトに少し引きながらも、どうやら端から見てもそう見えるらしいので(まああのヒロトの目だからかもしれないが)、気のせいではなかったらしい。
取りあえずヒロトの存在はこの際無視しておこう。
でなければ邪な思いが、この作業を中止させてしまう。



限りなく無心に近い状態で吹雪の顔を綺麗に拭き終えた俺は、邪念を抱く自分に勝てた達成感を感じた。






「鬼道君、なんか吹雪君の顔を拭くの手慣れてたよね…まさか、」

「断じて俺はお前の思い描くような行為はしてないからな」

「顔射するとあんな感じなのかな」

「…お前の思考に踏み入ろうとは思わないが、お前はそれで何をする気だ」


濃縮乳酸菌飲料――商品名で言えばカルピスを持って吹雪に近づこうとしていたヒロトの首根っこを容赦なく掴む。
大体こいつが考えている事は先の発言で察しがついた。


「ただ吹雪君にお勧めしに行こうとしてるだけだって!
決して吹雪君にぶっかけようなんて…」

「その発言によって信用ならん事が確定した、没収だ」


ああ〜、と嘆くヒロトを構いもせずにカルピスを奪い、代わりに吹雪を連れて空いた席へと座らせる。
ようやく諦めたのか、ヒロトは自分がいた席へと戻って行った。



ヒロトという一難が過ぎ、安堵の息をつくと、俺とヒロトの会話をを知らない吹雪は不思議そうにこちらを向く。


「鬼道君良かったの?ヒロト君カルピス欲しがってたけど…」

「ヒロトならもうかき氷を食べ終えたらしいから大丈夫だ
これはかき氷に使うなら渡すが、アイツは悪用しようと企んでるからな…」

「そっか…ヒロト君たらカルピスを悪用なんて、面白いね!何しようとしてたんだろ」


そんな面白い奴にお前は卑猥な妄想をされているんだがな…


吹雪のかき氷騒動のおかげですっかり溶けきった緑のかき氷をスプーンでかき混ぜながら、俺は隣の吹雪に気づかないよう、小さく溜め息をつく。


色々あったが、今日のおかげで自分の状況を再確認する事ができた。
このチームに潜むライバルたちに気づけなかった事も。
自分が予想以上に吹雪に骨抜きにされている事も。


「フッ…これからがゲームメーカーの本領発揮、か」


駆け引きや挑発、アプローチは俺にとってゲームメイクのスパイスだ。
ライバルを退け、いかに吹雪を手にいれるか…
最終的に吹雪を手にするよう仕向けるのも、ゲームメーカーの腕の見せどころだろう?


サッカーよりも難題なこの恋のゲームは、俺の闘争心に火を付けた。