いくら天才ゲームメーカーと呼ばれる俺でも、突然の命の危機への対処はできないのだ。



「円堂、このままでは…」


まずい、そう隣の円堂に言いかけたが、円堂は何かを悟ったのか目を瞑って動かない。
ただ口だけが"サッカー"と呪文を唱えるように動いている。


円堂…いつもの元気はどうしたんだ!
こういう時こそ円堂の超次元的奇跡を起こすガッツが必要だと言うのに!


「ーッ、アツヤ!」


最後の望みである(と同時に俺たちをこの危機に陥れた)、前方にいる人物の名を叫んだが当の本人は一向にこちらを向く気配がない。
ただ迫る音の方向へ体を向けて立っている。


「よし、時間通りだな」


音だけでなく今度は地響きまで聞こえ来ると、唯一の救いであったアツヤは一言呟き、迫り来る轟音へと走って行ってしまった。



頼みの綱が消え、俺と円堂は今度こそ死を覚悟した。



ゴォォオオオ…







「…?」

一瞬感じた強風。
その後いつまでもやって来ない衝撃に疑問を感じ、目を開く。

そこには

「なーにビビってんだ?」

先程の少年、アツヤを背に乗せた


「グルルル…」


2mはあるであろう大きな熊がいた。






「あ、れ…?俺、雪崩に飲み込まれてない…?」


円堂と同じ事を考えていた俺にも今の状況が理解できない。



「雪崩?…あぁ、今の音はこの"熊オヤジ"が走ってきた音だぜ
すげぇ迫力だったろ?」


ボスボス、と熊――熊オヤジの体を軽く叩きながら笑うアツヤに脱力した。


「ならそうだと初めに言ってくれ…こっちは死を覚悟したぞ」

「生きてるって事はまだサッカーやれるんだな!良かった…」

コイツはどこまでサッカー馬鹿なんだと心の中でツッコミを入れつつ、何故アツヤがこの熊オヤジを呼んだのか疑問に思った。



「で…これからお前はどうやって俺たちを助けるんだ?
辺り一面雪だし、休めそうな場所とか探しても無かったし…」

「かなり歩いたんだが、景色は変わらないしで危うく遭難しかけた
俺たちのほかにも仲間がいるんだが…そいつ等が遭難していないか心配だ」



円堂と共にアツヤへ問う。
するとアツヤは至極当たり前のように

「決まってるだろ
熊オヤジに乗って、俺んちに行く」


そう言って俺たちに、熊オヤジの背に乗るよう催促した。



「…乗る、のか?」

「ああ、意外とスピード出るからしっかり掴まれよ」


熊に乗るというのは不思議というかなんというか…
とにかく円堂と2人で乗る。


体力が無くなった俺たちは全ての体重を熊オヤジに預けた。


「じゃ、行くか」

「…いや、お前まだ熊オヤジに乗ってねぇじゃん」


円堂の言う通り、アツヤは熊オヤジに乗っていない。
この熊オヤジならあと1人くらいは運べそうなのに。


「俺が乗る訳ねぇよ
体力有り余ってるし、俺の方が熊オヤジより速いし」

「「!!!!」」


先程熊オヤジはスピードが出るとか言ってたが、アツヤは自力で走って家へと案内してくれるらしい。


「…お前が常人ではない事を改めて確認できた」

「まあ人間だけどな」

「…本当か…」


…世の中には雪山で薄い和服を着て過ごす、熊と共存できる人間もいるのか…


体力を使い切った頭でぼんやりそんな事を考えていると、突然熊オヤジが動いた。
どうやら移動するようだ。


「うし、じゃあ行くか
遅くなって兄ちゃんに心配されちまうしな」

「兄がいるのか?」

「双子なんだ、すげー美人で優しくてスタイル抜群なんだぜ!
それから声も可愛いし、ふわふわしてて…」


出発するかと思いきや、アツヤは兄の話をし始めた。しかもとても生き生きとした顔で。

話の一部を聞くと兄の形容が美人だの可愛いだの、疑問を持つ所があったがアツヤが極度のブラコンである事は断言できる。

アツヤ本人には悪いが雄弁に兄自慢をしてる間にも、寒さで俺たちは刻一刻と体力を削られている訳で。
助けられる前に凍死しないか不安になってきた。