いつもと変わらない筈だった日常。
けれどそれも今日までみたいだ。



買い物に出掛けた途中、突然黒ずくめの人達に囲まれあっという間に車へと押し込まれた。


抵抗しようとした時、何か布みたいなものを嗅がされ、そのまま意識を失った―――






目を開けると大きなモニターを背に誰かがこちらを向いて座っていた。


どうやらこの広くて暗い部屋には、その人と僕しかいないらしい。



座っている人物を見上げる。


視線が交わると同時に、僕はもう10年近く会っていない彼と、椅子に座る人物と錯覚した。






「久しぶりだな、元気だったか?」


彼とよく似た、声。
しかし僕が知っている彼の声より冷たくて、恐怖を煽る声だ。


返事をしない(正直に言えば言葉が出ない)僕を見ると、彼は椅子から立ち上がりこちらへと近づいて来た。

見れば見るほど彼に似ている。



「キミは…?」


ようやく搾り出せた声は情けない。



「そんなに怯えてどうした?
…あぁ、ここに連れて来る為とはいえ少々乱暴だったな」


すまない、と言って男は手を伸ばし僕の頭を撫でた。
10年前の彼がしてくれた感覚と全く一緒で、僕の思考回路はますます混乱する。



「ねぇ、キミは誰なの…?」


「忘れてしまったのか?
10年前からずっと愛してた俺を」



吹雪、と耳元で低く囁く。
やめて、その声で僕を呼ばないで。
(キミを彼だと勘違いしてしまう!)



「違う、キミは豪炎寺君じゃない…
豪炎寺君はこんな事する人じゃない!」


祈りにも似た、叫び。
自分に必死に言い聞かせる、この男は僕の愛した彼ではない、と。



しかし男は僕を嘲るように絶望へと導く。

僕の大好きな豪炎寺君の声で。


「時は満ちた
俺はサッカーを支配する―――」



豪炎寺君…何処にいるの?





『いつか、時が満ちたら必ずお前を迎えに行く
それまで…待っていてくれ』



10年前に愛しい彼――豪炎寺君がした約束が脳裏に浮かんだ。


時が満ちた時
それは果たしていつなのだろう。


どうか今でない事を、彼がこの男でない事を願いながら僕の意識は闇に包まれた。