『 焼き付けて(学パロ、先輩後輩) 』
<設定
新聞部。新聞というよりお役立ち情報チラシをひたすら作る謎の部活。
中〜大学まで一緒になってる学校の先輩後輩です。>
* * *
まるで体を貫くような冬が終わって、春が来たと思ったら、すぐに夏になった。
照りつける太陽がまるで、バーナーの様に体を照りつける。
深く帽子をかぶりなおして、部室へと急いだ。先生達が水を撒いている側を歩いて、ようやく部室棟に雪崩れ込む。
むっとした空気を感じて不快感に顔が歪む。どうせマスクで見えないのだからいくらだって歪めてやる。
男どもの汗の匂いが、埃に混じって充満している。そしてそれ以上に苦痛なのが、耳をつんざく様な騒音だ。色んな部室から色んな音がこれでもかと聞こえる。
「カカシ、今回の新聞、テスト範囲載せる?」
肩を叩いて耳打ちしてきた坊主頭に頷きながら、帽子を脱いで団扇がわりにした。
「科学やべーんだ、先輩達のテストねーかな?」
「あー、あると思う。部室探しとく。」
助かる、そう言って駆けて行ったユニフォームを着た後ろ姿を適当に流して、階段を上る。ちゃんと動いているはずの足がやけに重くて、はやる気持ちに足の速さが伴わない。
部室棟、3階、右に曲がった角。
扉を開く前に深呼吸をしてから、静かに扉を開けた。小さな部屋に小さな机。少し考えれば分かりそうなものなのに、窓にぴったりくっついた机は、まるで拷問かと疑うような暑さだ。
文化部なりに整頓はしてあるつもりだが、これが綺麗かと言われるといまいち自信はない室内に足を踏み入れる。
大学棟から、高校棟、中学棟を超えてようやく辿り着いた部屋は、やはり蒸し暑いし頭はぼんやりとする。
それでも、その机に向かっていた背中が自分の方を向いた時、やはり心臓を撃ち抜かれてしまったような大きな鼓動が身体中に響き渡った。
「あ、先輩。」
生意気そうな瞳に、半ば睨みつけられながら呼ばれる。どうやらもう暑さでやってられないところまで来たらしい。
「よ。暑いんだから日が暮れてからやったら?」
「そうも言ってられませんよ…俺自分のテスト勉強もあるのに、中学部用のやつ三分の一しか終わってないんですよ。」
信じられない、と言ったように眉根を寄せて口を曲げると、中学生の後輩コヤシは新聞に向き合いなおした。
「先輩は、テストの心配なんて、無いでしょうけど。」
皮肉まで出て来た後輩に苦笑する。なら、テストを優先していいんだよ、と声をかけたくなるが、ここで手を差し伸べるとより機嫌が悪くなることを理解していた。
この子が中学入学したその日、部室見学で出会った時から、俺はもうこの男に首ったけだった。
遅く来てしまった青春。大学生なりたての俺が毎日どぎまぎしながらようやく扱い方を心得て来たように思えた今日。
「先輩、大学部用はもう出来てるんですか?」
「んー、ぼちぼちねー。」
「…早くテスト範囲載せて配らないとまずくないっすか?大学はテストで卒業決まるもんなー、もうなんか人生決まるようなものですよ。俺らからしたら。」
いやに饒舌になったところを見ると、休憩に入ったらしい。振り向いて、過去のテストの答案を探す俺を眺めながらそう言った。
汗が滲んでは太陽に照りつけられて輝く。そしてゆっくり滴っていく様を見つめてから、目を閉じた。
決して忘れないように、記憶しておこうと思った。
「あ、眩しかったですか?そろそろ部費でカーテン買い直しましょうよ。」
「うん、そうね。」
「先輩、もう就職先の候補決まりました?」
「あ…うん、まーね。」
「すっげー。でもまあ、そっかー。先輩首席だろうしなー。先輩と同じ部活ってだけで女子から色々聞かれるのも今年で終わりかー。」
同じ部活ってだけ。
その言葉が耳にこびりついて、染み付く。
そうだ、それだけなのに。何故こんなに、好きになってしまったのだろう。
気づけば校庭にその姿を探し、図書館で、中学棟で、寮で。
「てか先輩、そろそろ彼女受付再開したんですか?」
その無邪気な瞳と言葉に触れては、はち切れんばかりの心臓を抑えつけながら。
「俺の事はいいから、早く新聞やっちゃいなさいよ。」
呆れています、とでもいうように視線をやると、むすくれた顔で机に向き合った。その背中を見ながらホッとする。
こんな、眉根のよった恐ろしいだろう顔、見せたくなんてない。
太陽が照りつける。テストを探す手がやがてどうでもいい紙ペラを掴んだ。これでも眺めながらぼーっとしよう。
「先輩、ちょっといいですか?」
そう言われてハッとする。顔を上げると、悪戯でも成功したような顔でコヤシは俺を呼んだ。
「この引っ掛け問題のトリックに解説入れようと思うんですけど、」
そう言いながら、椅子を少し端に寄せて紙が見えるようにしたコヤシ。そのサインの意味は分かっている。「近くに来て教えて」と言う、いつもの暗黙のサインだ。
「先輩?」
呼ばれて、仕方なく歩いた。背後から覆い被さるように、紙をのぞく。
髪の毛からシャンプーらしい匂いがふわふわ香って鼻腔をくすぐる。いつものシャンプー。いつもの姿勢。いつものように真剣に俺の解説を聞くコヤシ。いつものように、…いつものように、破裂しそうな心臓。
その首筋に滴る汗が、誘っているようにしか思えない。それでもきちんとリミッターは作動する。ああしてこうして、こうすれば分かりやすいんじゃない?なんてスラスラと口から出ていく言葉に自分自身が混乱する。
それでもコヤシは、「ああ〜」と大きく頷いて新聞に向かい直した。
その手元を見ているふりをしながら、真剣な表情を盗み見る。これ以上どうすればいいのかわからないほど心臓が騒ぎ出す。
「先輩、それで、彼女は出来たんですか?」
そう言われて、いつものように誤魔化そうとした。こんなの、いつものおふざけだ。からかってるだけ。会話のきっかけ、潤滑油にしかすぎない。
だけど、いつまでも言葉が口をつく事はなかった。
コヤシが不思議そうに顔を上げた。真横に近づいてくる顔を見ながら、ついに出て来た言葉を口にした。
「ごめん、」
蝉の声でかき消されたかも知れない。それだったら、それの方が良かったのかも。
汗だくの身体で、だから、唇はしっとりと互いの唇に吸い付くようだった。
ただ、唇を合わせただけのキスなのに、世界が止まってしまったように感じた。
やけに蝉の声がおおきくきこえて、そして太陽の暑さがじんじんした。心臓の音は聞こえなかった。暑さのせいで灰にでもなってしまったかの様に静かだった。
まるで他人ごとの様に、状況だけが脳に雪崩れ込んできて。
離れていった唇を見た、その瞳を見る自信がない。
「ごめん、好き」
部室棟、3階、右に曲がった角。
大好きだったその場所で、真っ青になって逃げ出すその背中を見ていた暑かったあの日を、
忘れられない。