『 貴方が好きです 』

もしも、俺たちが兄弟でなかったら、もしかしたら違う運命もあったのか。
もしも、俺が女で。もしくは、弟が女で。
俺が弟で、弟はお兄ちゃんで。
俺が中忍で、弟が上忍で。

そうやって考えたら可能性なんて、数え切れないほどあるはずなのに、
何故、俺たちは兄弟なんだろうか。

そんなことこれまで幾百、幾千、何度だって問いかけてきた。
それでも、やっぱり納得できる理由なんてない。
俺が考えうる可能性の中で最も恋に落ちる可能性の低い「兄弟」になった理由。

イチャパラは何度読んだって良い。
そんな当たり前の事実のように、俺たちが兄弟であることもまた、当たり前だ。

はあ、チャクラ切れを起こすたびにこんなことを考える。
何もできることがないというのは、本当にダメだ。負の感情に突入してしまう。
一旦突入してみろ、中々出てこれないんだから。本当に厄介だ。

目を瞑る。何も考えないように、意識を沈めた。


新しい朝陽が顔に当たって嫌でも目を開ける。
ベッドの傍にある時計を見ると、朝になっていた。
ああ、今日は動けるはずだ、そろそろ動けないとどうにかなる。

起き上がった。体に違和感。
そりゃそうだ、ずっと寝てたんだから。
それでも何とか回復した体をひねって、伸ばして、でかいあくびをかました。

「ダメですよ、カカシさん。」

突然声をかけられてハッとする。ベッドにもたれかかるように、テンゾウがいた。

「今おっきな欠伸しましたよね。」

その発言に首をかしげた。そんなことにいちいち突っ込んでくるようなやつだったか、こいつは。
めんどくさいなあという気持ちが「あー。うん、そうね」という言葉になって出てきた。
そうして呆然とした。

何だ、今の声は。誰の声だ?

テンゾウが呆れた顔でこちらを向いたまま口を開くのが、スローモーションに移った。

「女の子なんですから。」

確かにそういったテンゾウの顔を凝視する。その瞳に映った自分。

信じられない気持ちで満たされた心を携えて、転げ落ちるように病室の鏡の前に急いだ。
ガチャン、音を立てて白いコップと、薄い紫色の歯ブラシが揺れた。

「え、…え?」

後ろでテンゾウが不思議そうな、心配そうな、何とも言えない顔で俺を見ている。
そんな顔をしたいのは俺の方だ、一体これはどういうことだ。何が起こってこうなったんだ。

「どうかしました?」

疑いの目で見てくるテンゾウに振り向く。

「変なこと聞くんだけど、俺って…」

「ど、どうしたんですか?男の姿で潜入任務かなんか、ついてましたっけ?」

怪訝な顔と少し焦ったようなテンゾウの言葉に、脳みそが急ピッチで適応しようと頑張っているのがわかる。
なるほど、俺は女だったのか。…少なくとも、この幻の世界では。
現実の俺の体は今、ベッドで爆睡中のはずだ。ということは、これは夢だ。ちょっとばかり現実感たっぷりの。

「いや…、ちょっとよく寝すぎたみたい。」

首裏をかいてごまかす。長い髪が手にさらさらと触れた。


ーーーー大丈夫なのかとうるさいテンゾウをなだめて自分の部屋に帰って、またびっくり。
どう見てもこの部屋のサイズは一人暮らしだ。
玄関をやけにゆっくり閉めて、部屋を見回す。
選ぶものの色がいつもより女っぽい気がする。
そう言えば、さっきの歯ブラシも紫だった。綺麗な。

一歩踏み入れる。ベッドの側にある写真立てを手に取った。
うーん、どう見てもこれは…。先生に、リンに、オビトだ。何度見てもそうだ。

…俺だけが?コヤシは?どうなってる?俺は今何歳だ?

もう一つの写真立てを手に取る。ナルト、サクラ、サスケ…そして女の、俺。

少なくとも、担当上忍になった後であることは確定したな。
ということは、…コヤシは?男?女?年上?年下?姉妹?姉弟?兄妹?
久しぶりに胸が踊る。この幻の中のコヤシは一体どういう人間何だろうか。
そう思うといてもたってもいられず、普段のコヤシのいそうな場所を思い出しながら家をでた。

真っ先に向かったのは甘味屋、ここにはいない。
修行場、ここにもいない。
レッカの部屋も、クサノの部屋も見たが、ここにもいない。

もしかして。何だか異様にピンときて、待機所に向かった。
向かいながら、早くなっていく足取りは止められない。
だって、俺は今女なんだから。正真正銘の女だ。胸だって悪くないくらいには付いてるみたいだし。
何より美女に見える。あとはコヤシが弟あるいは兄でなければ、そして女でなければ夢にまで見たシチュエーションだ。
向こうが女で俺が男だったら一番良かったなんて、今は言わない。現実ではできないような攻めだってこの体ならできるはず。

「よう、カカシ。もう体はいいのか?」

部屋でタバコを吸っているアスマがのんびりした口調で声をかけてきた。
たくさんの上忍の中から、知っている背中を探す。
これは俺が希望した幻のはずだ、ならコヤシは男で、家族でもなくて、他人のはずだ。ただの同僚のはずだ。

「おい、カカシ…?」

アスマの低い声も耳には入らない。アドレナリンが大量分泌されているのが分かる。
コーヒーにミルクを入れて欠伸をしたコヤシが、そこにいた。
マグカップを片手にソファーに身を沈めると、肩を揉むような仕草をした。何時もの年の差くらいか、それより少し上くらいの年齢らしい。
それと認めた瞬間に、俺はアスマに詰め寄った。

「おいアスマ、コヤシって兄弟いる?」

「あ?…どうだったかな…なんだよ突然。どうかしたか?」

この反応。どうやら幻の俺はコヤシに興味なんて持ってなかったようだ。グッジョブ俺。
変な印象は今の時点でないはず、ただの先輩ってだけだ。

「いや、ま、何というか」

「まさかお前、…」

呆然としたアスマに首を傾げる。

「な、何…」

詰めようと思った瞬間、今までただの後輩だった男たちが俺を視界に入れては手を振ってくることに気づく。
ああ、この反応…。何となく察する。やっぱり俺は美女だ、はたから見ても美女だ、そういうことなんだろう。

「やめといたほうがいいんじゃねえか」

「何でよ。…この機会を逃す手がある?」

「まあとにかく、オススメはしねえけどな。」

意味深なことを言ってアスマは遠くを見た。こいつが何と言おうと、俺は女になってコヤシに近づくためにこの幻を作り出したに違いないのだから、ここで行かない選択はない。
固まった足を動かした。マグカップ片手にくつろいでいるコヤシめがけて。
いろんな男に挨拶されながら、一人で座っているコヤシの目の前まで来た。

緊張する。心臓が破裂しそうなほど心拍数が上がっているのが分かる。こんなに緊張したのは、久しぶりだ。
そこにいたのは、確かにコヤシだった。髪が白い、それが少しだけ不思議だった。兄弟じゃないのに。

「…あの、先輩…何か?」

先輩…!何だその胸が疼く響きは!兄貴、お前、なんて呼ばれない、俺はいまコヤシにとって先輩でしかない!
こんなに脳内でうるさく発言しているのに、口は動かない。遠くで騒ぐ女上忍の笑い声が聞こえた。

「隣、いい?」

やっと言えた、その言葉。すぐに返ってくる「ど、ど、どうぞ」と言う言葉に胸をなでおろす。
ただ気がかりなのは、少しも嬉しそうじゃないと言うことだ。

「何か、ご用ですか?」

なんて礼儀の正しい子!何だこの良い子は!
怪訝な顔で、不安そうにこちらを見るコヤシに、今すぐにでも抱きつきたい。可愛い、さすが俺のコヤシ、血が繋がってなくてもこんなに可愛いと思えるなんて!

「いや、コヤシ…くんに興味があってね」

「…俺、ですか?」

コヤシが一気に不安げな顔になった。遠くでアスマが言わんこっちゃない、と言いたげな目で肩をすくめた。

「何でですか…?」

とても言いづらそうに、それでも決心したらしいコヤシは掠れた声で言った。

何で?それを聞くのか?どうしたらいい、ここで告白するなんて最善じゃない、絶対に。
何か共通の趣味とか…そう言うので距離を縮めないと。

「あ、コヤシくんがほら…」

何だ、コヤシの好きなもの…修行?いやまさか、上忍にまで出世してるんだ。もっとエロティックな…いやいかんいかん。もっとこう距離が縮まるような、コヤシの好きなもの…肉…肉か?いやでも突然「肉一緒に食いに行こう」なんてどうなんだ?焼肉をサシで、なんて突然近しい関係のノリすぎて、逆に距離を開けられその後に発展しないんじゃないのか?じゃあ何だ、何が最善の策なんだ?むしろコヤシの趣味って何だ?現実世界のコヤシの趣味で考えろ。きっとあるはずだ、…クナイ磨き?「一緒にクナイ磨きませんか?」って?何だそれ不審な目で見られて終わりだ、そんなの一人でやる。同じ理由で巻物もダメだ。

「あの…カカシ先輩」

心臓が捻りあげられているような気さえした。驚くほどの破壊力に、耳どころか顔面が熱くなるのがわかった。今まで必死に考えていたコヤシの趣味なんて、どうでもよくなってくる。
コヤシの小さな口が不安げに俺の名前を小さく紡いだ。たったそれだけ。
兄貴でも、お前でもなく、名前で。

これが、兄弟じゃないって言うことか。
今すぐ抱きしめたい、抱きしめて、どうにかしてしまいたい。
強烈な心臓の奥から突き上げられるような愛情や幸せに戸惑う。

真っ赤になった俺の前で、コヤシが小さく首をかしげた。
ああ、あああ、なんでそんなに追い打ちをかけてくるのだろうか。
この可愛い生き物は何だ?首筋にむしゃぶりつきたい。そしてこの筋肉質な腰の奥まで入りたい。

「な、何か失礼なこと、…してしまい、ましたか?」

敬語!ただそれだけなのに。何でこんなにベッドの中のことばかり考えてしまうのだろう。何かのプレイじゃないんだ、コヤシはただ、先輩としての俺に接しているだけで。

ついにコヤシの不安が頂点に達したのか、何が悪いのかわかってもいないのに「すみません」と言い始めた。

「いや、ごめん…」

その言葉に、困らせてしまうだけだった自分に嫌気がさした。
ちょっと軽く声をかけて、隣に座って趣味の話なんてして距離を縮めて、デートでもして、セックスまで持ち込んで、もちろん恋人同士になって。なんて。
そんなの、それこそ幻想でしかない。

実際に夢のようなシチュエーションに置かれたって。俺たちには共通の趣味も、共通の話題もなかった。ただ、困らせただけ。しかも気持ちが高ぶれば高ぶるほど、女の体では到底できないようなセックスを望んでしまった。

こんなもの、夢のシチュエーションでも何でもない。

「何でもない。困らせちゃってごめんね」

立ち上がった。ホッとしたような表情を浮かべたコヤシに、俺の眉根が寄ったのがわかった。何とか笑顔を取り繕って、アスマの元に戻る。

「あーあ、かわいそうに。ありゃあ、お前狙ってる男に妬まれるぞ。」

そうか、兄弟でも何でもないから、突然関係ができたら他者からは違う意味に取られるし、ありえないんだ。

「はは、何だ…」

「何だよ、どうしたんだ?」

アスマが突然笑った俺に怪訝な目を向けた。

「今日のお前、なんかおかしいぞ。」

アスマの言葉に、視線を合わせた。それから、コヤシを見る。居心地が悪そうにそわそわしている。

「兄弟だって言うのが、奇跡だったんだ。」

いろんな組み合わせの中、何でわざわざって思っていた疎ましい関係こそが、俺とコヤシを繋ぐ絆だったんだ。

ーーーそう思った途端、強烈な光を感じて意識が遠くなった。


「兄貴、おい、起きろよ」

苛立った声がして目を開けた。
コヤシが、カーテンを無造作に掴みながらこちらを向いてしかめっ面で怒っていた。
どうやらあの光は、コヤシがカーテンを開けたかららしかった。

「もう動けるんだろ?帰るぞ。」

そう言われて、体を起こす。
そうして、あの続きを考えた。コヤシの趣味って何だろう。

「何だよ」

心底嫌そうに、自分を見つめる俺を睨みつけると、コヤシは早くしろと言わんばかりに布団を巻き上げた。
それに笑みがこぼれてしまう。そうか、そうだったんだ。

「な、何だよ…」

何か怪しいものでも見てしまったかのように、コヤシは少しだけ怯えた声を出した。

「ねえコヤシ、今日は何が食べたい?」

こうやって趣味なんて考えずに、一緒に過ごせることができる。
それはきっと、他の関係じゃ無理だった。

俺たちが兄弟だったから、俺はコヤシに恋をしたんだ。

「カレー。肉でな、魚介にすんなよ。」

弟の口の悪さに少しの寂しさと、愛おしさを感じた。
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