『 君の骨は甘いね 』
半開きになった唇の間から見える白い歯が動く。
咀嚼音が静かな部屋に響く。
その光景から目が離せなくて自分の箸が止まったままだった。
嫌そうな視線をよこしてきた弟に軽く微笑んでから、何事もなかったかのように魚の身をほぐした。
あの唇で触れて欲しい。赤く染まった舌で舐めて欲しい。あの歯で噛み砕かれたっていい。
そう思ってから、視線を逸らした。思ってしまったらもう、その時点でけがしたようなものなのに今更。
俺を見ないようにコヤシの視線は下に固定されている。
変な期待なんてしていない。向こうも、期待をさせないように細心の注意を払いながら食事をする。
毎日、毎日。
あの節ばった男の子の手のひらをそっと自分の手を重ねて、掴んで、噛んで、舐めて、含んで、どんな反応をするのか見てみたい。
「ごちそうさま」
そう言った男らしくなった声に返事をして、今度はその声でどんな風に啼くのか聞いてみたくなる。
汚して、自分のものにしたい。欲求だけが大きくなって。まるで思春期だ。
蛇口から勢い良く水が出る音が聞こえた。コヤシがガチャガチャと音を鳴らしながら皿を洗う。
自分の手のひらに乗っている空の茶碗を認めて、取り繕うように立ち上がった。
「俺がやるから。」
「ああ」
素直に言うことを聞いたその背中に息で謝る。
彼女を作る、というあの子との約束が頭の中でぐるぐると回っている。
「コヤシー出かけようぜー」
扉の向こうからかけられた声に、コヤシが一瞬で目を輝かせたのがわかった。
自分にはさせることのできない表情。その表情を向けられた相手に嫉妬しそうになって唇を噛み締めた。
「レッカ、ちょっとまってて」
扉を開けて顔だけだしたコヤシの声が聞こえる。弾んだ声。
下がったままだった口布を引き上げた。
後ろでバタバタと用意をしているコヤシを見ないようにして、皿洗いに集中する。
「兄貴、出かけてくる」
それだけ報告をちゃんとする弟をそこで初めて振り返って、目を細めて笑ってやる。
兄である自分が口に出す言葉を何度も頭で繰り返して確認し、大きくなった背中に口を開く。
「行ってらっしゃい、晩ご飯までに帰ってきなさいよ」
扉の向こうでレッカの明るい声が響いている。
それに返事をする弟。
あの子の視界に入って、あの子の思考に入って、独占している。
ああ、違う、考えるな。ダメなの、だから。
心臓が縮こまったまま戻らない。苦しくて、叫びそうになる。
苦しくて、叫んだって、お前には届かないのだとわかっているのに。
思わずには、いられない。