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「あ、そういえば、みんなは夏休みどこか旅行とか行くの? 補習終わったら遊んでほしいな……」
「あたしは家族とイタリア行ってくる。でも八月前半だし、後半は予定ないからいくらでも誘って。お土産買ってくるから」
「さやちゃんさやちゃん、わたし、パスタ食べたい! 貝殻の!」
「梨緒がそれでいいって言うんなら買ってくるけど、そんなのいくらでもスーパーに売ってるわよ……」
ミネストローネに入っている貝殻のパスタが大好きで、小さい頃はグラタンやサラダにも「貝殻のがいい」と我儘を言っていたような気がする。
呆れて肩を竦める沙耶に、雪乃と加奈も小さく吹き出した。
「まったくもう、梨緒ってばほんっと天然! ちなみにあたしは、沖縄に行く予定。親戚のおじさんが向こうでお店出したらしくって、格安で宿が取れたんだよね。雪乃は? なにか予定ある?」
「うーん、旅行っていうか……、ほとんど日帰りっていうか、車中泊っていうか、なんだけど……」
どこか困ったような、少し照れくさそうな笑みを浮かべて、雪乃が髪を耳にかけた。形のいい、貝殻のような耳が少しだけピンク色に染まっている。
珍しく歯切れの悪い雪乃の様子に、梨緒はもちろん、沙耶も加奈も興味津々のようだった。
「え、それってどういうこと?」
「んーと、花火大会に行こうと思ってて。まだどうなるかは分かんないんだけど。県外のだから日帰りは難しいけど、宿とか取るわけじゃないから」
「ゆきちゃん、どこの花火大会に行くの?」
「えっと、確か新潟だったかな」
それは確かに遠い。梨緒には分からなかったが、どうやら沙耶にはピンときたようだった。「三大花火大会の一つじゃない!」と歓声を上げ、加奈と二人で「いいなぁ」と羨ましがっている。
――なるほど、花火か。
映画と補習の予定しか入っていなかった梨緒にとって、夏の風物詩はどこか新鮮に感じた。花火大会なんて、すっかり頭から抜け落ちていたのだ。
蒸し暑い夜に人混みの中、誰もが一心不乱に空を見上げて美しい花を眺める。大きな音が聞こえるたび、光の花が咲くたび、人々がわっと声を上げて喜ぶ。そんな光景を、もうしばらく見ていなかった。
「花火かぁ、いいなぁ」
「八月後半にもまだあるじゃん。みんなで一緒に行こうよ。地元のになるけどさ」
「賛成! もちろん、雪乃も来るよね?」
「もう、当然でしょ? 私一人だけ仲間外れにする気?」
「じゃあけってーい! それじゃああたしは、けーご先生に分かんないとこ教えてもらってこようかな〜」
「あっ、待って、加奈! あたしも行く! ――詳しいことはまたLIMEするから! またねっ」
慌ただしく去って行った二人の背中を半ば唖然と見送りながら、梨緒は隣の雪乃をそっと見上げた。
「ゆきちゃんは、友永せんせのとこ、行かなくていいの?」
「え? ああ、うん。今回のテスト、間違えてたのもケアレスミスだったから、大丈夫だよ。梨緒は?」
「んー、ちょっと納得いかないとこあったから、高月せんせに聞いてこようかなぁ」
「きっと空いてるだろうし」そう続けると、雪乃は声を出して笑い、梨緒を見送ってくれた。
今の時期、職員室に生徒が立ち入ることは禁じられている。友永への取り次ぎを希望する生徒が多すぎることから、この時期は彼は英語準備室にいることが多いらしい。あまりの人気ぶりを鑑みて、今だけは友永専用として扱うことにしたと高月が言っていた。
だから、職員室以外で高月を捕まえようと思ったら、彼が担任を務めているクラスに直接赴くしかない。場所は二年二組――梨緒の隣のクラスだ。
掃除も終わったのだろう。二組の教室にはそう人はおらず、ほんの数人が帰り支度をしながら談笑している程度だ。
教卓の前で日誌になにかを書き込んでいた高月が、扉を開けた梨緒に気がついた。友永に比べれば随分と地味な顔だ。
「高月せんせ、今日のテストで分からないとこあったんだけど、教えてもらってもいい?」
「……もちろん構わないが、鳴海は英語よりも他の教科の質問に行った方がいいんじゃないか?」