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「チトセは、王族が死んだらどうなるか知ってる?」
「え? どうって、普通に火葬でしょ? そんで、あの立派なお墓に……」
「あそこにはなぁんにも入ってないわよぉ。――あ、うそ。服くらいは入ってるかも」
「……は? なにそれ、どういうこと?」
色とりどりの花と緑に囲まれた、美しい墓地。その中心に、立派な墓がある。
美しい装飾のそれは、死んだ者には贅沢だとする声も上がった。
マミヤとて、そう思う。
「王族はねぇ、死んだらまず、髪をぜぇんぶ刈り取られるの。男女問わずつるっぱげよぉ。それから、全身の血を抜く。それでぇ、血の代わりに、特別な培養液を注入するの」
「ば、培養液……?」
「そ。それでつやっつやのぴっちぴちになったカラダを、緑が欲しい場所にぽいって投げ置くのよ」
王族が持っているのは、自在に緑を生む力ではない。
白に蝕まれ緑を失った大地は、鍵となる者の“生きる力”に目を付けた。すべてを吸い取られ、生命力と引き換えに緑が芽吹く。あの力は魔法でもなんでもない。命と引き換えにした、ただの“現象”だ。
血を糧にすれば、花はより早く咲く。命を捧げれば、瞬く間に木が育つ。
王族の死後、培養液を体内に満たした遺体を中心に、荒れた大地には緑が広がっていく。王族が死ねば緑の楽園が生まれる。世間はそれを奇跡と呼ぶが、実際は奇跡でもなんでもない。
驚愕に見開かれたチトセの瞳に映る自分の顔は、なんと美しく、――なんとおぞましいのだろう。
「緑を生んだ身体は、なにもかも吸い取られて骨と皮だけのぺらっぺらになるの。ミイラみたいにね。そうなって初めて、燃やされるのよぉ? でもね、灰は肥料として回収される。髪と血は、研究施設に半永久的にほぞーん。……分かる? わたし達には、なぁんにも残らないの。髪の一筋(ひとすじ)、血の一滴(ひとしずく)、骨の一欠片(ひとかけら)すら、自由になることは許されない。生まれたときから、この身体は緑のためだけにあるの」
この国の最高権力者は緑王だ。
だがそれは名目上のものでしかなく、事実上、政は緑花枢密院が行っている。王は統治するために据えられているのではない。緑の象徴として――、重要な糧として、残されている。
王族は常に鳥籠に入れられてきた。大切にされてきた。怪我をしないよう、傷つかぬよう。必要なときに、使えるように。
緑は愛おしい。けれど、その緑が鎖となってこの身を縛りつけている。
王家の機密事項ともいえるようなことを、どうして容易く喋ってしまったのだろうか。そう思うも、チトセがあちこちに吹聴して回るような性格ではないことは知っている。
それに、彼女にこんな話は漏らせない。一応、形だけ「内緒よぉ?」と告げると、彼女は人形のようにぎこちなく頷いた。
アーモンド形の瞳に、悲しみが浮かぶ。
「……マミヤは、王族に生まれたこと、後悔してる?」
「まっさかぁ。だってそんなの、悔いようがないじゃないの。……でも、そうねぇ。昔の人のことは、恨んでるわぁ」
強く抱き締めてくる友人の腕が、僅かに震えていた。
* * *
日常が変化したのはいつからだったか。
遠巻きに見られているのを感じながら、穂香は必死に気づかないふりをして問題集と向き合っていた。
嗤う声は、蔑む声は、絶え間なく聞こえている。どれほど耳を塞いでいようと隙間を縫うようにして滑り込んでくるそれらから逃れる術を、穂香は持ち合わせていなかった。
「赤坂さんのカレシ、ヤクザなんだって?」
「こないだ来てた人やろ? めっちゃ怖くて、センセも脅されて仕方なくいれたって話やで」
「うっわ、こっわ〜!」
「あたしは借金のカタに援交してるって聞いたけど。ほら、佐原との件でいろいろあったやん? あれで生活苦しなって、それで仕方なく〜って。可哀想よなぁ」
すべてが根も葉もない悪質な噂だ。違うと否定したくとも、立ち上がって反駁するだけの勇気もない。真っ青になって俯いていると、いつもなら郁がそっと声をかけてくれるはずだった。あるいは、彼女なら穂香の代わりに否定してくれただろうか。
けれど今、郁はいない。彼女は推薦入試の面接があるため、今日は一日休んでいる。自然と郁を頼ろうとしていた自分に気がつき、嫌悪感に吐き気がした。いつまで経っても甘えた癖が抜けない自分が嫌になる。