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「もっ、あんたほんっと、鬼……!」
「うっさいわよぉ。わたしの美貌に手を上げた罰よ、罰」
「あーもう、どっからくんのよ、その自信!」
「どこからって、そんなの決まってるじゃない」
浮かべた笑みは、心からのものだったろうか。
緑の黒髪の檻の中、きょとんと見上げてくるチトセの瞳は、優しい大地の色だ。ここから緑が芽吹く、そんな色。
どうして自らの美しさに自信が持てるのかと、チトセは訊ねた。理由など決まっている。わざわざ考えるまでもない。導き出される答えはただの自己愛などではなかった。それであればどれほどよかったろうと、時たま自分でもそう思う。
答えはたった一つ。どれほど他に思考を巡らせようと、これしかない。
「それはね、――わたしが王族だからよ」
それ以外に、どんな理由があるのだろう。
形良い唇に笑みを乗せ、マミヤは目を丸くさせるチトセの額に自らの額を重ねた。
王族は皆一様に美しい。身体に緑を宿し、他とは一線を画す美貌を持って生まれてくる。それは、古の王族がそう望んだからだ。
誰よりも美しく、病むことも、老いることもない人間になることを、彼らは望んだ。そうして強引に描かれた歪んだ設計図は、今もなお続いている。長い年月の中で、不老不死は夢のまた夢となったが、それでも王族の血を引く者が目を引く容貌を持って生まれてくるのは変わっていない。
人々はそれを賛美する。――だが、それはまるで戒めのようだ。鏡を見るたびに、親族を見るたびに、「忘れるな」と釘を刺される。称賛の声が重なれば、より鎖は重くなる。棘のついた手枷で戒められているかのように、身も心も疲弊していくのだ。
「王族だから?」
「そーよぉ。あんただって知ってるでしょ? テールベルト、ビリジアン、カクタス。昔むかぁし、三国の王族達は自分達を望む姿にしようと、遺伝子弄くり回したのよ〜。だから、その血を引くわたしが美人なのはトーゼンなの」
腕の力を抜いてチトセにのしかかったマミヤは、遠慮がちに背を撫でてくる友人のぬくもりを感じて目を伏せた。
「王族はねぇ、ゼロから緑を生める唯一の“種族”なの。だからね、存在そのものがとーっても貴重なんだからぁ」
大切にしてよねぇ。
茶化すように笑ったが、チトセはくすりともしなかった。頬はぴたりとつけている。お互いの表情は分からない。
「王族……。あ、ねえ、そういえばマミヤって、今の王様とどんな関係?」
「え?」
「あんたが王族の端くれだってのは知ってるけど、どれくらいなのかなって思ってさ。ソウヤ一尉に打診するくらいなんだし、伯父さんと姪っ子とか? そんな近いわけないか。だったら、こんなとこいないもんね」
「……そうねぇ」
伯父と姪の関係ではないので、素直に頷いておく。
相変わらず頭の作りが上等でない友人は、少しだけ考え込むような間を開け、ごろりと寝返りを打った。上に乗っていたマミヤが床に落とされ、寝転んだまま向かい合う体勢になる。
「でもさぁ、もうそんな遺伝子がどうのってことはやってないんでしょ? まだ特別な力ってあんの?」
「……あんた、それでも軍の人間?」
「うっ! じょ、ジョーダンに決まってるでしょ!」
「どーだか。……いいわぁ、教えたげる。傍系の人間はさすがに、そういうチカラは薄れてきてるみたぁい。でも、直系の血を引く者となれば話は別ね。こないだも、式典で“緑生の儀”とかやってたじゃない」
多くの報道カメラが入った大々的な式典だった。テールベルトの現緑王が、衆人環視の中でなにもない土地に手をつき、そこに緑を生みだした。芽吹いた緑は瞬く間に広がり、緑王を中心にして円を描くように色を添える。王族以外の人間にとって、それは魔法かなにかのように思えただろう。
その魔法のような力は王族のみに備わる不思議な能力と捉えられているが、実際はそうではない。確かに不思議かもしれない。特殊かもしれない。けれど、“魔法”などではない。