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「そう、いい子。で、まずここを親指で起こして、――そう。あんまり反動はないけど、しっかり脇を締めてブレないように固定してね。構えたら、――おっ、覚えてるじゃん! そうそう、側面のここを押し込めば、照準用の芽が出てくる。それが目標の位置に重なるようにして……」
「ってオイ!! ナガトお前、俺に銃口向けてんじゃねェよ!」
「いーじゃん。デカい的の方が最初は狙いやすいんだし」
「そういう問題じゃねェよ! なんっで俺が的なんだ! お前も大人しくされるがままになってんじゃねェ!」
ナガトの腕の中で穂香がびくりと跳ね上がったが、アカギは荒げる声を収めようとはしなかった。
「ちょっとアカギ、ほのちゃん怯えてんじゃん。かーわいそー。やだねー、怖いねー」
「ひゃっ」
「ん? あれ? どうしたの?」
吐息が耳を掠めたのか、穂香は首筋まで赤く染め上げて縮こまっている。ナガトの猫のような双眸に確信めいた笑みが透けて見え、どうやらわざとだと悟った。こんな状況でも女たらしは健在らしい。
「どうしたの、じゃねェよ! おっまえ、俺に報道の連中がどうのこうのと説教しやがったクセに、自分は堂々とセクハラか!」
「え、なにお前、羨ましいの? あのとき奏にずっと抱き着いていたかったの? うーわー、なにそれキモい。むっつりスケベって怖いから、さっさと駆逐しちゃおうねー。ほのちゃん、まずね、膝狙って、膝」
「ざっけんなッ!!」
ナガトが一層身体を密着させたかと思えば、長い指が穂香の代わりにトリガーを引いた。パシュッと軽い音を響かせて、薬弾が飛んでくる。膝を狙って正確に放たれたそれを、アカギは慌てて足を払ってすんでで避けた。外れた薬弾がカンッと音を立てて壁にぶつかり、床を転がっていく。
「おま、マジで撃つ奴があるかボケ!」
「いやいや、これもほのちゃんのための練習だし。身体に叩き込めってハルナ二尉もよく言ってたじゃん。ね? だから次は頭」
「シャレになるかァ!」
「当たったって死ぬわけじゃないし、ケチケチすんなよ。だからモテないんだよ、お前」
「るっせェ! つかンな問題じゃねェんだよ! 当たったら痛ェんだよ、お前の頭にブチ込んでやろうか!?」
穂香達に渡した薬銃は、ミーティアが所持していたものより威力は低い。いくら健常者には害がないと言っても、弾が当たれば痛いのだ。下手をすれば怪我をしかねない。それでも懲りずにアカギを的として狙ってくるナガトに、アカギは血管を膨れ上がらせながらテーブルの上にあった分厚いファイルを投げつけた。
穂香を抱き締める形でトリガーに指をかけていたせいで、普段なら避けられるだろう攻撃は狙い通りナガトの頭を直撃した。腕の中の穂香を守るため、そのまま背を向けたのが奴の敗因だ。後頭部にぶち当たったファイルが、爽快な音を立てて床に落ちる。
「てっめ……」
「おーおー、ちゃんと守ってやってさすがですねー、ナガト三尉おっとこまえ〜」
「ふっざけんなよ童貞が! マジで頭ブチ抜いてやる!」
端正な顔立ちを怒りに歪めて、ナガトは我慢できずといった勢いで穂香の手から薬銃をもぎ取り、ぴたりと銃口を向けてきた。片腕は穂香を抱いたままなので、まるで人質を取って立て籠もる強盗犯のようだ。
望むところだと残っていた薬銃を構えて応戦の姿勢を見せたアカギの頬を、薬銃の弾が掠めていく。