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 チトセとマミヤの関係は、傍から見ると少し奇妙なものに映るらしい。互いの性格がそう思わせるのだろう。難しいことを考えるのが苦手で、頭よりも先に身体が動くチトセとは違い、マミヤは事実はどうであれお淑やかな才女そのものだ。明らかに今まで付き合ってきた友人のタイプとは違うマミヤと出会った当初、その甘ったれた喋り方に正直苛立ちを覚えたほどだった。
 しかし付き合っていくうちに、マミヤが見た目通りの女ではないことはすぐに分かった。彼女ほど強かな人間をチトセは他に知らない。

「あんた、ほんっと詐欺よね……」
「なにがぁ?」

 すぐにでも折れそうな細い首を傾げるマミヤは空渡観察官で、チトセは特殊飛行部入りを目指す若手操縦士(パイロット)だ。デスクワークが主となるマミヤとは違い、戦闘職種に就いたチトセの身体は女性ながらも鍛えられている。
 二人はいつものように、混み始めた食堂で素早く空いた席を見つけて着席した。どっと疲労感が押し寄せてきて、そこでやっと座れたのだと自覚する。ぐったりと机に突っ伏したチトセに、マミヤが呆れたように目を向けた。

「ごはん、冷めちゃうわよぉ?」
「お腹減ってんだけど、それ以上に疲れてんのーっ」
「まったくもう。そんなことで特殊部隊に入れるのぉ?」

 テーブルマナーの見本のような動作でハンバーグを口に運んだマミヤからの一言に、持ち上がりかけていたチトセの頭が再び沈んだ。相変わらずこの女は痛いところついてくる。
 片頬をテーブルにつけたままスプーンに手を伸ばすと、すかさずマミヤから「お行儀悪いわよ」と小言が飛んでくる。「既婚者にばかりアタックしていくあんたはお行儀悪くないのか」そう言ってやりたい気持ちをぐっと堪え、チトセは背筋を正した。

「ねーえ、そういえば、特殊飛行部って、上官三名の推薦があれば入れるのよねぇ?」
「そ。直属の上官の推薦は必須。その上で試験に突破しなきゃいけないんだけどね。……まあ今は、それどころじゃないんでしょーけど」
「そうよねぇ。他プレートであんな問題が起こるなんて、前代未聞だもの」

 ナプキンで口元を拭ったマミヤが、つんと唇を尖らせる。

「あんたが推薦してほしくてしょうがない上官は、そっちにかかりっきりだものねぇ。それにイセ艦長もいないんだもの、マミヤさみしー」

 何気ない前半部の呟きに、動揺が走る。誤魔化すように慌てて水を飲むと、気管に入り大きく噎せ込むはめになった。「きったなぁい」遠慮会釈なく眉間に皺を刻む美人をはり倒したくなったが、ただの八つ当たりにしかならないのでぐっと我慢する。
 差し出されたナプキンで口を拭い終わったタイミングで、マミヤは指揮棒でも振るようにフォークを小さく揺らしてチトセの意識を引き寄せた。

「ハルナさんの地域、すごいらしいわよぉ? 高レベル感染者がたぁっくさん出てるんだって。応援要請も入ってきてたし、心配よねぇ」
「……なに、そんなにひどいの?」

 マミヤが呆れたように目を眇める。

「ひどいってもんじゃないわよぉ。報告を見る限り、進化は早いし、どんどん被害は拡大してる。上の人達は連日不眠不休で会議に臨んでるって話だもの。言っておくけど、特殊部隊ぜーんぶ出払っちゃってるんだからね? カガ艦長がいるからハルナさんは大丈夫でしょうけど、アカギ三尉達の方は……」

 尻すぼみになった言葉の先は、容易に想像がついた。基地内で公然の秘密となっている“幹部候補生の暴走”だ。一時は騒然となったが、すぐさま箝口令が敷かれた。詳細は下りてきていないが、チトセもよく知っているナガト三尉とアカギ三尉が、訓練中にたった二人でプレートを渡ったということだけは聞いている。
 これが外に漏れれば大問題で済むはずもない。現時点で世間に隠せていることが不思議なくらいだ。一体どういう圧力が働いているのか、チトセの頼りない頭では想像もつかない。


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