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 艦には当然立ち入り制限がなされていたというのに、一体誰に許可を得たのかも明かさなかった。こちらは女王陛下直々の任務のため、一秒でも遅れるわけにはいかず、やむなく部外者を乗せたまま空渡したのだ。それなのにプレートを渡った途端、「帰りたいので迎えの艦を呼んでください」とはどういう了見だ。
 苛立ちを足音が代弁する。

「アナタ、誰に許可を得てこの艦に搭乗したの。いい加減教えてくださらない?」
「ところでミーティアさん、あの小さな博士は面白い方ですねぇ」
「話をすり替えないでいただきたいのだけれど」
「あまり甘く見過ぎない方がいいですよ、きっと。緑があるということ自体、我々のプレートとは根本からして違うんですから」
「……なんのお話?」

 突拍子もないように思えるが、戦術指導教官という頭を使う立場の人間が言うことだ。裏にはなにかあるように思えて他ならない。

「貴方は立派な科学者ですが、白の植物についてあまり深くご存じない」
「それは聞き逃せないわ。アタシは、ビリジアンで誰よりも、」
「ビリジアンで誰よりも安全な場所から、白の植物を研究し、功績を上げてきた。ですが、白の植物と感染者、そしてそれらが引き起こす“闇”を肌で感じたことはないはずですよ」

 モスキートの眼光に、ミーティアは思わず足を止めた。倣うようにしてジャベリンもミーティアの傍らにつく。
 臨床だって経験している。なにも研究室でデータとばかり向き合っていたわけではない。――だが、確かにモスキートの言うように、これほど身近に白の植物の影響を感じたことはなかった。
 サンプルとしての白の植物や感染者に触れたことはあっても、現場で広がりゆく白の脅威を目にしたのはこれが初めてだ。

「まあ、ミーティアさんなら上手く馴染むとは思いますけどねぇ。頭でっかちな人ほど簡単なことが見えていなかったりするものですから、滑稽で滑稽で。ああ、いや、貴方がそうだとは言ってませんよ」
「――もう一度訊くわ。アナタ、誰にこの艦への搭乗許可を得たの」

 その髪は本来、光を取り込んだような淡い金髪だったことを知っている。趣味の悪い色に染められた髪を掻き上げて、モスキートは他のビリジアン紳士がよくやるように優雅に腰を折って一礼してみせた。

「すべては我らが女王陛下のお望みのままに」


* * *



 受験はもう目の前ということもあって、誰も彼もがぴりぴりしているのを肌で感じる。そろそろAO入試や推薦入試で合格を決めた者達が出始め、センター入試を控える生徒との温度差が生まれてきていた。休み時間も参考書と向き合う者が少なくなく、受験科目に関係のない授業はあってないようなものだった。
 穂香も例に漏れず、休み時間の僅かな間を惜しんで頭に英単語を叩き込む。覚えられていない単語を見るたびに胸がざわつき、焦燥感ばかりが募って泣きたくなった。――どうしよう。集中できない。どうしようと一度思ってしまえば、どんどんと不安と焦りが脳内を占拠してなにも考えられなくなる。嫌な未来ばかり考えてしまい、じわりと涙が浮かんでくる。
 どうしよう。もし、どこにも受からなかったら。どうしよう。もし、一人だけ浪人してしまったら。
 ――どうしよう、もし、危ないことに巻き込まれたら。
 つい先日、ナガト達から聞かされた話を思い出し、さらに涙が滲んだ。「命が危ないかもしれないから気をつけて」そんなことを言われる日が来るだなんて、想像したこともなかったのに。
 すべては自分のせいだ。珍しがってホワイトストロベリーの鉢植えなんて買わなければよかった。部屋で育てなければよかった。そうすれば、白の植物の被害はすべてテレビの向こう側の話だったのに。何度後悔したところで過去は書き換えられない。分かっていても、悔やまずにはいられなかった。

「……ほのちゃん?」
「あ……、郁ちゃん、どうしたの?」
「どうしたの、はこっちの台詞。ぼーっとしてどうしたん? ……なんかあった?」

 自殺した佐原と父のことに関しては、騒ぎはいつの間にか終息していた。本格的な受験シーズンに突入した今、他人のことに関わっていられないのだろう。それでも相変わらず郁は穂香を気にかけてくれる。たまに息抜きと称して食事に誘われたりもする。その優しさが、どこか痛い。
 制服のスカートからすらりと伸びた足は、同性の穂香から見ても綺麗だ。紺のハイソックスがよく似合っている。満員電車で痴漢に遭い、彼女は相手の足を思い切り踏みつけてやったと愚痴っていたことを思い出した。
 ――そうだよ。郁ちゃんだったら。
 郁だったら、こんな状態に陥っても乗り越えられたのだろう。訳の分からない白の植物と異世界人と直面しても、柔軟にそれを受け止めて対処できたのだろう。奏のように。
 だが、穂香には無理だ。そんな柔軟性も、立ち向かうだけの強さも持ち合わせてはいない。ありえないと突っぱねるくせに、ありえないはずの恐怖が差し迫ると怯えてしまう。どっちつかずの曖昧な立ち位置で蹲ることしかできない。


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