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「参った。想像以上の手強さだ。……それで、結晶化現象の話だっけ? あんまりよく分かってないって言ったら怒る?」

 怒るというより、信用ができなくなる。素直にそれを告げると、ナガトは疲れたように唇を持ち上げた。

「結晶化現象は通常、レベルS感染したものの中から核(コア)が抜けたときに起こると考えられてる。核が抜けるってことは、つまり別の生命体に寄生したってことなんだけど」
「え? ちょお待って。でもほののイチゴ、あれも核ってのが抜けとったんやろ? やけどあれは、別に結晶化なんかしてへんかったやん」
「あれはあのイチゴそのものが親だったからだよ。もともと核を有している植物は、核が抜けても結晶化しない。核が渡り歩いていく過程で被害に遭った生物が、ああなるんだ。どう言えば分かりやすいかな……。核に取り憑かれたら魂が抜けて石になる、みたいな感じ?」
「……てことは、結晶の分だけ親がおるってこと?」

 蜂や小鳥などの結晶は、全国的に連日見つかっている。合計すれば凄まじい数になるだろう。その分だけ親がいるとすれば、あまりにもおぞましい。
 しかし、ナガトは首を振って否定した。

「渡り歩いてるって言ったでしょ? 親の数は正確には把握できてない。不甲斐ないけどね。一つ確実なのは、核が渡り歩くスピードが異常だってことくらいかな」
「異常?」
「速すぎるんだよ、いくらなんでも。上の予想なんかとっくに超えてる。緊急事態宣言を出したみたいだけど、現場には一向に指示が下りてこない。実のない会議ばっかやってるんだろうね」

 そういった政治的な問題はたとえ異世界でも同じらしい。
 より一層冷えた風に奏が身震いすると、ナガトは自然にジャケットを肩にかけてきた。「……キザ」「どうも」羽織ったジャケットからは、ほんの少し汗の匂いが漂った。

「そもそも、本来核を持っているのは、親だけなんだよ。その核が他の植物に影響を与えて、自分の情報を受け継いだ子を作る。子は感染力はあっても核を持たない。――はず、なんだ」
「――つまりは、そうじゃなくなったってことか」
「チビ博士の話を聞く限りね。どうも子の方にも核ができて、それが悪さをしでかすみたいで。さっきも言ったけど、一度寄生した核が抜ければ結晶化する。そうなったらもう治せない。人的被害が目立ってきている以上、なにが起きるか分からないしね。……そこで、きみらに言わなきゃいけないことがある」

 煙草の吸い殻がベンチの下から風で転がり出てきた。誰もいないブランコがゆらゆらと揺れている。葉擦れの音がナガトは缶コーヒーを一気に飲み干して、まっすぐに奏を見つめてきた。

「あのイチゴの核は、最終的にきみらのどちらかに寄生しようとする可能性が高い」
「は……?」
「刷り込みみたいなものかな。親の核は、親と濃厚接触していた生物に寄生する傾向がある。親そのものは艦で保管してるから、どうなるかは分からないけどね」

 なにを言われているのかよく分からなかった。何度もナガトの台詞を噛み砕き、咀嚼する。――どちらかに寄生しようとする可能性が高いと、ナガトは言った。どちらかとは誰を指すのか。奏と穂香だ。濃厚接触などという単語は、ここ最近で嫌というほど彼らから聞かされている。
 核が、寄生する。それは白の植物による発症を意味する寄生と同じ意味なのだろうか。それとも違うのか。分からない。情報が足りない。だが、分かることが一つだけある。
 長い時間をかけてようやく理解した意味に、奏は頭のどこかが切れる音を聞いた。

「なんなんよそれ! うちら囮ってことか!? ふざけんな!」

 親の核が寄生することと、感染して発症した寄生状態が同じなのか、分からない。だが、寄生された感染者の行く末がどうなるのか、奏はもう知っている。今目の前で立ち尽くす男の口から聞いたのだ。
 完全寄生状態に陥れば、それはもう殺処分対象なのだと。

「うちらのどっちかが寄生されて、ほんで核ごと殺せば解決するとか思ってたん!?」

 ナガトはなにも言わない。肯定も否定もしない。思わず、そのすました横っ面を平手で打っていた。

「っ――!」
「こっちは! こっちは、あんたらと違ってなんも知らんねん! いざとなったらあんたらに頼るしかないんよ! それやのに、あんたらがうちらに与える情報は曖昧やし、あげくこれか! そんな状態で、あんたやったら協力できるんか!?」

 思い切り引っ叩いた右手がじんじんと熱を持って痛んでいる。痺れたような感覚が手のひらを覆い、それでもまだ足りないと震えていた。怒りだけで構成された頭も同じように熱を持っていて、なに一つ深く考えることなく言葉が飛び出ていく。
 思いつく限りの言葉で目の前の男を詰り、罵倒の語彙が尽きたところで体力も尽きた。自分でも気がつかない間に、勢いに任せて立ち上がっていたらしい。再びベンチに腰を下ろし、深呼吸をした。
 頭が痛い。送り出された血液に乗った酸素が足りていないのだろう。こめかみを揉み解しながら深く息を吸った。「うち」なんて一人称は久しぶりに使ったと、どこか現実逃避気味に溜息を吐く。

「……今まで、それを言わんかった理由は?」
「きみの言うように、囮に使おうと思ってた。その方が手っとり早いからね。親は保管してるし、核単体の破壊はそう難しいことじゃない。だったらおびき寄せた方が被害は少なくて済む。そう判断した」
「うちらが危険な目に遭う可能性は?」
「考慮してたよ。でも、寄生させるつもりなんてさらさらなかった。人体に寄生した核だけを破壊するのは骨が折れる。おびき寄せて、寄生行動に入ったところで破壊する。そのつもりだった」

 赤く色を変えた頬をそのままに、ナガトは淡々と答えていく。

「今更話した理由は?」
「このプレートに渡った白の植物が、想像を絶するスピードで進化している。この地域に派遣されてるのは俺とアカギの二人だけだ。応援がいつ来るかも分からない。……このままじゃ、きみらを守りきれるか分からない。だから、自覚しといてもらう必要があると判断した」


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