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「どうした?」
「夜にごめん。ちょっと気になることがあって」

 やはりというべきか、問いかけに答えたのは姉の方だった。

「別に緊急の用ってわけじゃないんやけど、これ見てもらっていい?」
「あ? なんだ、これ?」

 手渡されたのは透明のビニール袋だ。しっかりと口が結ばれており、一見するとただそれだけに見える。
 アカギがそれをまじまじと眺めると、姉妹の視線が集中するのを感じた。片方は探るように、片方は怯えるように。これになにが入っているというのだろう。しばらく分からないまま視線を動かし、そして封じ込められたものを確認した。

「なんだ、これ……!」


* * *



 何度コールしても相手は出ない。狭い檻の中に閉じ込められた獣のように唸りながら、ハルナは頭を掻き毟った。
 現状から考えると、寮の部屋に備え付けられた通信機を使えばほぼ確実に応答するのだろうが、緊急性もない上に万が一公的記録に残っていても困る。そのため、私的な使用が認められている携帯端末で連絡を取っていた。普段なら相手が出なくともなんとも思わないが、今は状況が状況だ。苛立ちに任せて床を踏み鳴らしていると、延々続くかと思えたコール音が途絶えた。
 端末の向こうで息を吸う音が聞こえた瞬間、ハルナは一気にまくし立てた。

「スズヤッ! これは一体どういうことだ、なんであいつらから目を離した! 候補生がたった二人でプレートを渡るなんざ前代未聞だぞ!」
『ハルちゃんハルちゃん、なんか相当ご立腹のところ悪いけど、なに言ってるか全然分かんない。言語コード戻してくれる?』
「くそっ、――これでいいか!?」
『うん、大丈夫。聞こえる聞こえる〜』

 のほほんとした声が余計に憤りを感じさせる。映像を介した通話にしなくてよかった。今あの顔を見ていれば、確実に端末を叩き割っている。
 同じ時期に入隊したスズヤはかつて同室だったこともあり、隊内では最も付き合いの長い相手でもある。所属する艦が異なるために最近では顔を合わせることも少なくなったが、酒を片手に部屋を訪ねてくることもしょっちゅうだ。
 そして不本意ながら、この男には毎度振り回されている。
 僅かな冷静さを掻き集め、ハルナは一呼吸置いて同じ質問を繰り返した。スズヤの答えは簡潔だった。「前代未聞の大問題だから、今こうやって謹慎食らってるんだよ」聞いた俺が馬鹿だったとしか言いようがなかった。
 若さゆえの暴走だ。そんな風に説明され、納得できるかと言いたくても、実際にそうなってしまったのだから反論しようがない。ナガトとアカギ。あの二人は伸びしろがある分、手に負えない。

『ってゆーか、なんでハルちゃんがそれ知ってんの? あの騒動のとき、カガ隊はそっちで任務の真っ最中だったでしょ』
「あの二人から通信が来た。非白色化植物でブラン結合がどうのと連絡を寄越してきたが、……なるほどな。艦の通信士を通してこないから不審に思っていたが、そういうわけだったか」

 とんでもないことをしでかした自覚はあったのだろう。個人的に連絡を取ろうとしてきたあたりの判断力は認めるが、褒めてやるつもりは微塵もない。
 スズヤはそれを聞くなりけらけらと愉快そうに笑ったが、どう考えても笑い事ではなかった。こめかみがずくりと痛む。

「笑っている場合か! そのうち、ヴェルデ基地の特殊飛行部だけでは手が足りなくなる。全隊出動なんてことにもなりかねないぞ」
『え、そんな悪いの? まあ、とはいえこんな失態を上に報告したらうちの艦長の首が飛びかねないからね。ムサシ司令で押さえ込んでるあたり、総司令は承知っぽいけどさ。それより、他プレートに全隊出動なんてそれこそ前代未聞じゃん。今どのくらい出てんの?』
「基地にいるお前が把握していないのか?」
『ほら、おれ達一応そっちに行ってることになってるから。あんま情報回ってこないんだよね。あんまっつーか、ほっとんどだけど。でもチトセちゃんとかマミヤちゃんから聞く限りは、それなりにごたついてるらしいよ〜』

 聞き慣れた下官の名前に反応しかけ、ぐっと唇を噛みしめてこらえた。

「……連絡を取っているのか」
『ていうか二人とも部屋に遊びに来るし。おれ達のことは公然の秘密だからねー。ナガト達の件にはあの事故が絡んでるせいか、基本は同情的な意見が多い。結構寛容だよ』

 机仕事のお偉いさんは知らないけどね。
 付け足された言葉の刺々しさに、思わず鼻の頭に皺が寄った。――ああもう、どうしてこうなった。

「――事故調査委員会へは」
『なに言ってんの? そこに漏れたら一巻の終わりでしょ。カラス共が知ったら、それこそ喜び勇んで飛んでくるだろうよ』

 一際硬くなったスズヤの声に、ハルナは小さく嘆息した。無理もない。彼は昔、“カラス”にその身を啄まれている。
 国家軍政省の事故調査委員会の連中は、通称カラスと呼ばれている。漆黒の背広を纏い、集団でやかましく騒ぎ立てて死肉を漁るような印象からつけられた蔑称だ。軍内で起きた事件事故は外部機関が調査する定めとなっているが、その役割をカラス達が担っている。
 こんな大きな“事故”が知れたら、スズヤの言うとおり真っ先に飛んでくるのがカラスの集団だろう。


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