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『本部もかなりざわついているようだ。そのうち指令が下ると思うが……、それまで動きづらいのが厄介だな。緊急応援も要請したが、いつになるか分からん。お前達も気をつけろよ』
「緊急応援って、そっちそんなにひどいんすか!?」
『だから言っただろう。最悪だ、とな。こっちの政府も調査に乗り出し始めているから、近いうちにお前達の地域にも現状が知れ渡るだろう。上としても想定外の早さらしいな』
「……プレート間交渉もありうるってことですよね」
『俺の口からどうこう言える問題じゃない。だが、可能性は高いだろうな。――ああそうだナガト、スズヤはいるか』
「え、っと……」

 ハルナとスズヤは同期だ。かつては同室だったこともあり、二人の仲がよいことは誰もが知っている。ここでスズヤはどうしたと訊ねられるのは不自然ではない。
 口ごもるナガトに、ハルナはきょとんと目を丸くさせている。視線を移されたアカギが大げさなまでに顔を背けたのを見て、ハルナのこめかみにミミズが這った。

『……お前達、なにしでかした?』
「や、あの、大したことじゃ……」
「そうそう、大したことじゃないんです。ただ、ちょっと……その、ここには俺らしかいないだけで……」

 低く問い詰められ、ナガトとアカギは交代で洗いざらい吐かされるはめになった。すべてを話し終えてモニターを見ると、ハルナは小刻みに肩を震わせて俯いていた。
 ――ここはほら、漫画とかなら爆笑して「よくやったな、お前達」とかそういう展開だよね。
 希望的観測でハルナを見つめ、随分と長く感じた数秒の間の後――鼓膜を震わせる恫喝がスピーカーを響かせた。

『このド阿呆がっ! 貴様らなにを考えている! 大きな問題になっていないということがどういう意味か、分かっているのか!? どれだけお前達の艦長が頭下げたと思ってる! 正義の味方気取りもいい加減にしろっ! すぐにメンツなんざ構ってられなくなる! 二人でどうこうできる問題じゃない、とっとと応援呼べっ!!』

 早口で捲くし立てるハルナの言葉はほとんどが反論の余地など髪一筋ほどもないほどその通りで、二人の軍人はしゅんと肩を落として身を寄せ合い説教を受けるより他に術はなかった。もしもこれが直接顔を合わせていたら、確実に頬が腫れ上がっている。
 思いつく限り怒鳴っていたハルナの言葉が、息継ぎのためか一瞬途切れた。その隙を逃さず、ミーティアが割り込んでくる。

「ねえ、アナタの側の応援って緑地警備隊のことかしら?」
『部外者に教える必要などない! そんな詮索よりも、さっさと特効薬か有用な武器を開発してほしいものだな!』

 ぶつん!
 乱暴に通信が切断され、モニターには暗闇が映し出された。烈火のような怒りを受け、当事者でもないのにハインケルは壁際で完全に竦み上がっていた。とばっちりとも自業自得とも言えるミーティアは、微笑んでいるが内心の荒れ模様は想像に難くない。彼女は生乾きの髪をタオルで纏め、さっさと部屋を出ていってしまった。
 なんとも気まずい沈黙が室内を満たす。機械音だけが無機質に鳴り響く中、ハインケルの鳩が気遣うように小さく鳴いた。

「……まー、なんていうか、さすがにハルナ二尉には黙っておけないよね?」
「喋ればこうなるっつーのも分かっちゃいたが」
「…………やっぱ、艦長には迷惑かけたんだよなー」
「……だな」

 分かっているようで分かっていなかった現状が、見て見ぬ振りをしていた現実が、ずっしりと肩にのしかかってくる。“大きな問題になっていないこと”がどれだけ問題なのか。深く考えるのが恐ろしかった。
 怒鳴りつけられることも、頬が腫れることも、百回を越える腹筋や腕立て伏せの罰も覚悟している。どれだけ覚悟していても、自分達を守るためにどれだけの矜持が砕かれたのかを考えることだけは怖かった。
 逃げだとは分かっていたが、二人はこのプレートの現状に思考を向けた。状況は芳しくない。それどころか悪化の一途を辿っており、明日にも大規模な混乱が生じてもおかしくない状態だ。
 黙り込んだ二人のポケットの中で、甲高い電子音が同時に鳴り響いた。はっとして顔を見合わせる。音からしてメールだということは分かったが、これはただのメールではない。この通知音は赤坂姉妹用に設定しているものだ。
 メールということで緊急性は低いが、それでもなにかあったことには違いないらしい。とっくに日付の変わっている今、彼女達が連絡を寄越すのだからよほどのことだろう。画面には、赤坂穂香の文字が表示されていた。

「――俺が行ってくるわ」

 本文にざっと目を通したアカギが、携帯用の飛行樹を片手に言った。

「分かった。なにかあったらすぐに連絡しろよ。俺も行くから」
「分かってら。お前達も艦に戻っとけよ。なんかあったらその方が動きやすい」

 じゃあな、と立ち去りかけたアカギを引き留めたのは、意外にもハインケルだった。おどおどと挙動不審に陥りながらも、彼は小瓶をアカギに渡す。

「そ、それ、さっき作った簡易検査薬、です。感染力のある植物かどうかは、それで見分ければいいと思うよ、あ、思います」

 武器は今造ってるところだから、と付け足して、ハインケルは鳩を抱いて奥に引っ込んでしまった。――ああもう、これだから。どうしようもない軍部のお荷物。蛇蝎のごとく嫌われる小さな博士。お前なんていらないと追い出すことができないのは、彼が優秀すぎるからだ。
 検査薬を胸ポケットに入れ、今度こそアカギは赤坂姉妹のもとへ飛び立っていった。たった二人残された室内で、ナガトがハインケルにかける言葉は二つあった。

「――ありがとうございます」

 そしてもう一つ。

「無理して敬語使わなくていいですよ」

 人畜無害そうな潤んだ瞳は、直視できそうにもなかった。


【6話*end】
【2014.1108.加筆修正】

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