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「お嬢ちゃん方に変わりはないようね。よかったわ。そのお嬢ちゃんのお父様だけれど、明日――ああ、日付的には今日ね――にはお家に帰せると思うわ。検査の結果、一次感染だということも分かったし」
「他者への二次感染の可能性はないんですか?」

 一次感染は白の植物によって直接感染することをいう。二次感染は一次感染した生物からの感染だ。場合によっては二次感染への過程で症状が悪化する場合もあるので、注意が必要になってくる。
 ミーティアは肉厚の唇を三日月型にしならせて首を振った。

「今のところないわ。感染源になる物質の減少は確認されていないもの。再発防止のワクチンも打っておいたし、心配はいらないでしょうよ」
「対象が直前に接触していた男子生徒はレベルC感染でしたよね?」
「あの子は未発症だったし、あの近くに親となる白の植物があったと考えるのが妥当でしょうね。現在、調査班が調べているところよ」

 ミーティアは眼鏡を押し上げ、付け足した。「敬語、いらないわ」丁寧な言葉遣いが苦手なアカギは、どうやらほっとしているようだった。相変わらず彼女の身体を直視できないらしいが。
 いつまで経っても思春期の子どもと変わらぬ友人に半ば呆れつつ、ナガトはしどろもどろなハインケルの報告に耳を傾けた。話があちらこちらで前後するので分かりにくい。加えて専門用語が当たり前のように羅列されるので、これっぽっちも理解できなかった。
 もう一度と頼んだところで、彼は怯えて涙目になるだけだ。僅かにミーティアに目を向けると、彼女はすべてを汲み取ってにこりと笑った。

「白の植物には、ブランと呼ばれる物質があるの。これらが結びつくことによって、植物間でのデータをやり取りしていると言えばいいかしら。回路みたいなものよ。ブラン単体が知能を持っていると言う研究者もいるほどで、一種の記憶装置ね。ですわよね、博士?」
「あ、うん――、はいっ! ブランはその周辺環境や自身に起こった事象を記憶して、結合することで次の種にそれに対応する進化をもたらすもの、なんだ――です。一般には、白橋(しらばし)って呼ばれてる現象だと思う、あ、思います」

 白橋なら聞き覚えがあった。白の植物が進化を行うのは、白橋という過程を経ているからだと試験にも出ていたような気がする。

「それがこっちの植物にも起こってるってことは……やばくねェか?」
「でも白色化してるわけじゃないんだって。――ですよね?」

 ハインケルは壊れた人形のように何度も頷いた。

「他の植物がどうなっているのか、範囲を広げて調べてみる必要がありそうね。白色化しないで汚染物質ばらまくような進化をされたら、さすがに大変だわ」

 軽い口調だからこそ、余計にその恐ろしさが重くのしかかってくる。元はといえば、核を逃がしたこちらの責任だ。このプレートの被害は最小限にとどめなくてはならない。
 とりあえず、他の地域での情報を探ることが先決だ。ナガトは自らの端末をモニターに繋ぎ、同じプレートで任務中のハルナへの連絡を試みた。何度目かのコールのあと、モニターに男性の顔が浮かび上がる。

「こちらG-r2e、ナガト三等空尉です。ハルナ二尉、聞こえますか?」
『こちらG-r1e、ハルナ二等空尉。聞こえます。――が、ナガト、応答訓練もういっぺん受けてこい。……それで、なんの用だ?』

 なにがいけなかったのかは自分で調べろということらしい。相変わらずの生真面目さに苦笑が漏れた。
 一階級上のハルナは、同じく特殊飛行部の白木駆逐隊に属している。エリート揃いと言われている特殊飛行部の中でも、彼は特に秀でた存在だった。テールベルト空軍のエースパイロットと認識され、その実力は他国からも評価されている。それを驕ることもなく真摯に訓練に励む姿は、誰からも好感を持たれている。ナガトやアカギも、彼を尊敬する人物のうちの一人だった。
 こちらで起こった変化について説明すると、ハルナはしばらく難しい顔をして黙り込んでいた。きりりとした濃い眉を寄せ、深いしわを刻んでいる。

『非白色化植物でブラン結合、か。アメリカではまだ見られていないが、念のため重点的に調べさせる。それよりも、こっちはむしろ白色化したやつの方が問題だ。都心じゃそう目立たないが、田舎の方では銃殺だのなんだの物騒になってきてるぞ。イセ隊が派遣されたイタリアでも酷いらしい』
「そんなに進んでいますか?」
『ああ、最悪だ。俺達が処理しようと思っても、感染者の数が急激に増加して追いつかない。昨日、レベルDが出てどうするか上と掛け合ってるところだ』

 レベルD。背後でハインケルが小さく息を呑んだ。ミーティアも険しい顔をしている。

『レベルDともなれば、完全隔離するか殺すしか方法はないからな。こっちでの殺処分はできる限り避けたい。――とはいえ、このプレートの人間をうちに連れて帰って隔離施設へ放り込むわけにもいくまい』
「白色化はどのくらい進んでおられるのかしら」
『――誰だ?』

 モニターのハルナが目を眇めた。端末のカメラが写す範囲は狭いので、それまでミーティアの姿は向こうに見えていなかったらしい。彼女はナガトのすぐ隣に立つと、モニター越しにキスを投げた。

「初めまして。ビリジアン政府直轄、白植物科学捜査研究室室長のミーティアよ。よろしくね、ハルナさん」
『……ああ、お前か。話は聞いている。ハインケル博士の補佐を命じられてわざわざやってきたとか。ご苦労なことだな』
「博士の研究はとても興味深いですもの。苦労なんてしてないわ。それより、白色化はどの程度――」
『俺が通信しているのはそこの三等空尉だ。邪魔をしないでくれるか』
「……それは失礼」

 軽く手を挙げてミーティアが下がる。



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