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 「それはいいけど、まだ飲むの?」呆れたようにナガトは溜息を吐き、時計と穂香を交互に見て様子を伺ってきた。さすがに日付が変わっているということもあり、気を遣ってくれたのだろう。幸い明日は休みなので、夜更かししたところで問題はない。そもそも、十二時に眠ることなどなかなかない。
 頷くと、彼は紙とペンを要求してきた。ルーズリーフに引かれたまっすぐな縦線に、五つの点が打たれる。

「レベルは全部で五段階。一番軽度なのがレベルA。高レベル感染者との接触か、一定値以上の白の植物による汚染によって感染する」
「汚染って?」
「ああ、汚染っていうのは、花粉とか胞子とか、あとは呼気に含まれる微量物質を体内に取り込むことね。――で、まあこのレベルAは……そうだなぁ、言うなればただの風邪かな。早期治療によってほとんどが完治するよ。周囲への攻撃行動もほぼないし、自分の状態がちょっとおかしくなる程度。ほとんど発症しないしね」

 一番上の点の横に「軽:レベルA」と記された。

「あ、ちなみに発症っていうのは寄生されて、神経が直接やられちゃってる状態のことを呼んでる。レベルAでは寄生までいかないってのが通例かな」
「感染と発症は違うんや? その寄生された状態に厳密な定義ってあるん?」
「まああるっちゃあるけど、上が規定してるガイドラインに則って説明したって分からないと思うよ。きみ、うつ病の診断基準、説明できる? もしくは説明されて理解できる?」

 奏は苦笑して首を横に振った。二人の視線を受け、穂香も慌てて首を振る。

「つまりはそういうこと。まあ、発症と寄生は同じ意味で考えてくれていいよ」
「おっけ、とりあえずはりょーかい」
「で、次がレベルB。Aから悪化した場合もあれば、いきなりこのレベルで症状が現れることもある。原因として、こっちは寄生体との接触も考えられるかな。インフルエンザとか盲腸とか、そんなレベルを想像してくれたらいいかも。風邪みたいに放置して治るレベルじゃない。運が悪ければ死ぬ、そんな状態」
「それが父さんやったん!? でもあんたら、あんとき大丈夫って言ったやん!」
「言ったよ。だって薬打ったし、すぐに治療開始したでしょ。大丈夫だって分かってることに対して、大丈夫じゃないかもって言う意味が分からない」

 頬を膨らませる奏に構わず、ナガトは説明を続けた。
 レベルCの原因はBと相違ないが、Bの症状に加えて、未発症時からの攻撃行動が見られ、発症者の約六割が完全寄生の形態を取るのだという。発症前もしくは発症直後に治療を行った場合の回復率が七割。完治は困難とされ、長期の治療が必要になる。
 そしてレベルDは、さらに状態の悪化が進んだものだそうだ。レベルDの感染者は八割が発症し、未発症時からの攻撃行動はもちろん、理性の喪失、他の生物に対する寄生行動が目立つ。発症時の症状は酷く、その治療法はほとんどない。進行を遅らせ、寄生行動を抑える投薬が主だ。完全隔離され、日常生活への復帰は不可能と言われるレベルである。

「そして、最後がレベルS。……完全寄生状態。もう理性なんか残ってない。脳のすべてが冒されてる。攻撃行動も寄生行動も激しいし、感染を広める恐れがあるし……、どんな治療も不可能。ここまでいくとなにをしても手遅れのレベル――つまりは、殺処分対象だ」
「殺処分……」

 ナガトは冷えきった人形のような顔をしていた。
 殺すしかない、だなんて。あまりにも酷すぎる。相手は人間なのに。感染者のレベル分けなど、瞬時にできるものなのだろうか。もし困難であれば、それでは差別に繋がるのではないだろうか。
 苦い思いを黙って噛み締める穂香とは違い、奏は思ったことを素直に口に出していた。「それはほんまに殺すしかないん?」「他の手段は?」どの質問にもナガトは簡潔に、しかし分かりやすく答える。冷淡とも思える回答だったが、奏はそれをしっかりと飲み下したらしい。

「……しゃーないとは思われへんけど。そういう状況があるっていうんは分かった。説明ありがと」
「どういたしまして。なんていうか、きみはスポンジみたいだね」
「なにそれ、頭スッカスカやって言いたいん?」
「違うよ。なんでも一度は素直に吸収するねってこと。嫌いじゃないよ、そういうの」
「あんたに好かれてもなんのメリットもなさそうやから、なーんも嬉しないわ」

 奏に対する言葉がそのまま穂香に向けられた皮肉のように聞こえて、思わず肩が跳ねた。
 今までずっと、素直でいい子と言われ続けたのは穂香の方だ。だが実際、穂香はいつだって素直ではなかった。心中ではぐるぐると様々な感情が渦巻き、どれを表にすればいいのか迷っている間に、勝手に頭が頷いているだけだ。他人にとって都合のよい素直な穂香と、自分に素直な奏。付き合いの短いナガトにそれを見抜かれたような気がして、急に座りが悪くなる。
 またしても悪い方向に転がりかけた思考回路を止めるように、その場に電子音が鳴り響いた。音の発生源はナガトのポケットだ。

「――っと。そろそろ帰ってこいって言われた。それじゃ、また来るね。いつも言ってるけど、なにかあれば連絡して」
「できればそんな連絡したないけどな。そんじゃおやすみー」
「ははっ、確かに。おやすみ、奏。ほのちゃんも、おやすみ」
「あ、おやすみなさい……!」

 ひらりと手を振って窓の外に半身を投げ出したナガトが、飛行樹を広げて夜空に飛び立っていく。大きな鳥にでもぶら下がっているような様子を見送り、隣の奏が心底羨ましそうに「あたしもあれ乗りたいわぁ」と呟いた。




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