5 [ 37/225 ]

 一時的に症状が治まった父は、医師が控えているミーティアの空渡艦というところに入院して治療を受けている。不思議なことに、母や父の職場の人間には、普通の病院に入院していることになっていた。診断書の偽造や記憶操作を簡単にやってのけるあたり、新手の詐欺グループではないかと疑いたくなるほどだ。

「――きみは、得体の知れない俺らのことも怖いんだろうね」
「え? あの、今、なんて……?」
「うん? なんでもないよ。お姉さん、早く帰ってくるといいね」

 優しく微笑まれて、頷くことしかできない。
 綺麗な顔だ。柔らかい薄茶の髪に、真っ黒い目。左目の泣きぼくろといい、その肌の白さといい、軍人というよりは芸能人を彷彿させる。体格こそしっかりとしているが、これでもっと線が細ければ女装をしても違和感がなさそうだ。
 雑誌モデルか、アイドルか。そんな風に言われても、きっと信じてしまっていただろう。軍人などよりもよほど説得力がある。
 ベッドに腰掛けて赤本を読むナガトから目を逸らし、穂香は集中できないまま参考書と向き合った。自分の部屋に家族以外の男性と二人きりという状況は、やはりどうにも落ち着かない。


* * *



「エリア6、クリア」
『エリア7、クリア。戻ります』

 耳に取り付けた無線機から、淡々とした声が返ってくる。今ではすっかりこの感覚にも慣れたが、昔は耳の中に異物を突っ込むというだけで全身に鳥肌が立った。他国の言語はおろか、他プレートの言語にまで対応した自動翻訳機の役割も兼ね備えているため、外すわけにもいかない。近年、通信機の開発が進み、数年後には耳朶に埋め込むタイプのものが実用化されると聞いている。
 薬銃を肩に担ぎ、ソウヤは晴れ渡った空を振り仰いだ。一暴れしたせいで汗の滲んだ頭皮を、ひんやりとした冷たい風が撫でていくのが気持ちいい。毛先だけに癖の出た焦げ茶の髪を掻き回し、溜め込んだ熱気を払う。
 つい先ほどまで感染者や寄生体の駆除に当たっていたとは思えないほど余裕のある様子で、彼は胸ポケットから取り出した煙草に火をつけた。同じチームの部下達に指示を出して、先に艦まで戻らせる。もうこの場の感染者はすべて処理済みだから問題はないだろう。艦内は禁煙だ。一服してから戻ろうと決め、ぷかりと紫煙をくゆらせた。
 眼下には、山の斜面にぽつぽつと小さな家が立ち並んでいる。狭い坂道を圧迫するように家々が立ち並び、誰もが陽気に笑っているのが見えた。

「こんな山奥にも人が住んでんだな」

 山奥だからこそ、感染の被害が出ている。
 地形からして人が少ないと踏んでいたが、レーダーで調べてみれば生体反応だらけで、艦のほとんどの人間が同時に溜息を吐いたことを覚えている。完全な居住区だ。これでは大型の飛行樹は使えるはずもなく、また、簡易飛行樹ですら使用は難しい。
 できるだけ現地の人間と関わらず、自分達の素性を明かさないことが、特殊飛行部の方針だ。他プレートで簡易飛行樹を広げて飛べば、それはなんだと騒がれることになるのは目に見えている。
 感染者が現れても、ここの住民達は山を離れようとはしなかった。美しい海を臨むこの山での生活が気に入っているらしい。悪魔憑きだのなんだのと騒いで教会に駆け込む人間はいたが、神父だか司祭だか、とにかく聖職者に感染者がどうにかできるわけはない。
 ――できるわけが、ないのに。

「なんっでこんな服着て銃担いでんだか……」
「最高だと思います」

 独り言のつもりだったが、別区域を担当していた部下に聞かれていたらしい。そんな彼も、今のソウヤと似たような服装で拳銃を懐に仕舞っていた。
 黒い詰襟のロングコートのようなそれは、足首までを覆い隠すほどの丈だ。金ボタンが整然と並び、首から下げた十字架がなんとも言えない重みを肩に与えている。艦のシステムが弾き出した“この場に相応しい服”がこれだった。
 この地域の人間は、感染者のことを悪魔に取り憑かれた人間だと思っている。ならば、彼らが助けを求める聖職者に化けて感染者処理を行えばいい――この服を見るなり、隊員の誰もがその事情を一瞬で理解し、同時に眉を顰めた。軍人に対して聖職者に化けろとは、なかなかの無茶だ。とはいえ、ぐだぐだと駄々を捏ねるわけにもいかず、最低限の装備をした上でこの服に袖を通したのである。
 この地域には、このプレートに広く浸透した宗教の総本山と呼ばれる場所が近いため、それも関係していたのだろう。信仰心は皆強いようで、この恰好をしたソウヤ達を疑う者はいなかった。

「ソウヤ一尉の神父コスとか、絶対高値で売れますよ」
「一枚でも撮りやがったらテメェの鼻毟り取るからな、タイヨウ」

 煙を吐くと同時に悪態をついてやったというのに、タイヨウは思案顔で「なら三枚撮ったら……」などと零していた。相変わらずの癖の強さに辟易する。
 長身で恵まれた顔立ちもあいまって、タイヨウは神父服がとてもよく似合っていた。この国の人間とは顔立ちが異なるが、ここには様々な人種が集まって来るらしいのでさほど問題はない。ご丁寧に聖書まで懐に仕舞っていた彼は、興味もないだろうにそれを広げて、中の一文を読み上げた。


[*prev] [next#]
しおりを挟む

back
top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -