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「つーか、お前のせいで女の視線が鬱陶しい」
「ああ、俺カッコイイから」
「自分で言うなよ、ウゼェ」

 悪態をつくアカギだってさほど悪くはない顔立ちをしているとは思うのだが、どうにもその口調と雰囲気から近寄りがたい印象を与えてしまっている。飲み会を開いてもむすっと黙って座っているだけなのだから、それでモテろと言う方が無茶だ。目つきの悪さが人を遠ざけているということに自覚はあるのだろうか。
 そういえば、この男の好みはどんな子だったろうか。確か清楚系を地で行くような子だった。そういうおとなしい女の子には余計に怖がられるから、あまり上手くいかないらしい。
 ――不器用だよね、ほんっと。空き缶でアカギの額を小突き、ナガトはそれをゴミ箱へ放り投げた。僅かな飲み残しが飛び散ったが、それには気がつかないふりをしてやりすごす。

「コードはしっかり登録してるし、逃げられる心配はないと思うけど……。こりゃ、場所変えて探した方が賢明かな?」
「ちっ……、めんどくせェ」

 舌打ちしながらも、先に歩きだしたのはアカギの方だ。口は悪いし態度も悪いが、実のところ、より真面目なのは彼の方だったりする。
 計器に頼らない手動の座標特定などの細かい作業も、嫌いだと言いながらアカギはこつこつやっていく。対してナガトは、もとより机に向かう作業は得意だったため、なんの苦もなくさらりとこなす。ただし、できていると思っている分、細かいミスが見られるのも特徴だった。時間はアカギに比べて遥かに早いが、正確性ならナガトよりもアカギの方が優れている。
 正直いい気分ではないが、互いの欠点を補い合う関係であることは客観的に見ても明らかだ。上に言わせれば「お前達二人とも問題児だ!」らしいのだが、こういうこともあってか任務では大概同じ班で組まされる。まとめて面倒見ていた方が安全――ということもあるのだろうが。
 上官いわく、緑防大出の問題児など普通はありえないそうだ。本来ならばエリート街道を驀進するはずの二人がこうも警戒されるのは、緑防大時代に色々としでかしてきていることが原因なのだろう。

「……それにしても、ここでは緑が当たり前なんだな」

 ぽつりと呟いたアカギの視線の先には、一件の花屋があった。店員がせっせと不要な葉を取り除いている。ぷちぷちとちぎられていくのもまた、眩しいばかりの緑だった。
 花には赤、青、黄、紫やオレンジなど、様々な色がある。もちろん、白い花だってあった。けれど、いくら白い花を咲かせていたって、それは“緑”に繋がっている。緑があるからこそ、白が映えている。
 バケツの中で水を吸い上げ、風に揺らされながら彼らは必死に生きている。こんなにも鮮やかなのに、人々は特に目を向けようともしない。もしくは、様々な色に目がいって、茎や葉の“緑”にまで意識を向けない。
 テールベルトでは、花屋は厳重な警備体制を敷き、最新の技術を詰め込んだ特別な場所だった。たった一輪の花が、一般会社員の一ヶ月分の給料に相当することもある。それが当たり前の世界だった。
 だが、ここにある花屋の店先にはアルバイトだろう若い女性店員が立ち、のんびりと水をやっている。テロや強盗の不安など微塵も考えてはいないのだろう。あの世界では到底考えられない。
 電気屋の前を通ったとき、数多く並んだテレビが一斉に喋っていた。
 失われていく自然。ストップ地球温暖化。砂漠化防止。エコキャンペーン。緑のある生活を。
 どんなに少ないと言っても、緑は“緑”だ。植物といえば緑色をしていて、それがそうであることが当然の世界だ。その認識を危機感がないだとか、甘いとは、これっぽっちも思わない。このプレートからすれば、“特別”で“異常”なのは自分達の世界の方だ。
 今でこそ状況はよくなってきているが、あの世界で植物が緑であることは、大変貴重だった。向こうで植物といえば、悲しいことに白が普通なのだ。
 人々を狂わせる白の侵略。ナガトやアカギが生まれてくる遥か昔から、あの世界は白に犯されていた。
 もう一度“緑”を。そして、あの悲劇をもう二度と繰り返さないために。

 場所を変えるべく歩道橋を渡っていたところで、二人のポケットから電子音が鳴り響いた。このプレートの雑踏では珍しくもないのか、すれ違う人がちらとこちらを見る程度で、別段目立つ様子はない。
 はっとして、二人は端末をすぐさま確認した。モニターに映し出された信号は、登録して真新しいコードを表示している。地図上に点滅している輪に、ナガトは笑って指を打った。

「きた! ゆっくりだけど移動中って感じか。このスピードだと歩いてるね。どこに着艦したんだか」
「おいっ、ナガト! これ!」

 ハインケルの存在を示す緑色の輪のすぐ近くに、白と赤に交互に点滅する輪が出現した。電子音がより大きく、甲高いものに変わる。
 行動を急かされるそのアラートに、心臓が跳ねた。

「ちょ、こんなときに!? やめてくれよ、めんどくさい! 座標は――……って、うそ」
「くっそ、急ぐぞ!」

 二つの輪が点滅する場所――そこは、二人にとっても見覚えのある場所だった。




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