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「いやぁ、ハインケルくんを送れって言われたときから怪しいなーって思ってたんですよねぇ。そこで畳み掛けるようにドルニエ博士の名前が出てきたでしょう? これはもう確実だなーって!」
レコーダーからは、絶え間なくカクタスとの癒着、そしてビリジアンを裏切る証拠となる音声が流れ続ける。
「彼女、カクタスでしばらく研究してたそうじゃないですか。ハインケルくんの妹さんですし、テールベルト人であることには間違いありませんからねぇ。それで誤魔化せると思っていたのなら、あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて笑えません。……それで? 長期的な目で見てビリジアンを裏切る──というか、配下に置くおつもりでしたっけ? 我が空軍を利用して」
「貴様らっ、まさか最初から王族と組んでいたのか!?」
「組むだなんてそんな。そもそも我々は、緑王陛下の臣下じゃないですかぁ」
この男は、ヤマトら空軍だけでなく緑花防衛大臣──自らの兄すらも陥れるつもりだったのだろう。そうして自らの息がかかった者を軍上層部に据え、思う存分新しい玩具を振り回す予定だったのだ。
「お、おい、寄るなっ。お前、なにをするつもりだっ!」
「もしかしてまだ私達の計画に気づいてなかったりしますか? えっ、やだ、こわーい!」
レコーダーを胸ポケットに仕舞い、他者から見れば不気味でしかない笑みを浮かべたまま、ムサシは男の手をそっと握った。男がヤマトの軍服を掴んでいた方の手だ。女性とそう変わらぬ華奢な手に掴まれて、肉厚なそれは対比で逞しくさえ見える。
白い髪が揺れる。不気味な色として認識されている白だが、彼の纏う色は透き通る光のようで美しい。髪も、睫毛も、肌も。同じ人間とは思えないほどの透明感が、そこにあった。
「欲張るからこうなるんですよ。どれか一つに絞っていればよかったものを」
緑か、薬か、自分達の地位か、それとも新しい玩具か。
そのすべてを同時に手に入れようとした結果、彼らの計画は破綻した。
「お可哀想に。あなたがもう少し賢ければ、首輪くらいは着けて可愛がって差し上げたんですけどねぇ」
「なんだと貴様ァ!」
「おや、事実でしょう? 私もさすがに驚きましたよ。まさか密会の場に、コンパニオン代わりに呼ぶのがこの方の妹御だなんて」
シナノに贈ったスズランの簪は、美しい銀細工のものだった。花の一つ一つが分離するように作られており、そのうちのいくつかを特殊な“花”にしておいたのだ。
カクタス要人との密会ともなれば、選べる場所はかなり限られてくる。生半なホテルでは誰に見られるか分からない。裏を欠いたつもりだったのだろうが、よりにもよって本邸で行うとは豪胆と言うべきか愚かと言うべきか。そうすることで兄の鼻を明かそうという心づもりだったようだが、血の繋がりを疎むほどに粗末が過ぎる。
実家ならばネズミ一匹いないという安心感があったのだろうか。それはもはやただの慢心だ。
ムサシ自ら確かめたという音声データによると、この男は本邸にビリジアンとカクタスの要人を招いて密談を行っていたらしい。シナノを初めとする家の者にはどちらもビリジアンの人間だと言っていたようだが、シナノの付き人であるハマカゼは元々ヤマトの手の者だ。その程度の探りは造作もない。
「は、離せっ! 離せと言っている!! ──ぐあっ!」
なにやら鈍い音と共に、男が呻いて床に転がった。掴まれていた手首を庇うように押さえ、四つん這いになってひいひいと呼吸を荒げている。
さすがに骨は折っていないだろうが、それでも関節を痛めたのは間違いなさそうだ。いくらムサシが華奢に見えたところで、彼は戦闘職種も経験している人間だ。非戦闘職種の期間が長かったからといって、身体を鍛えていないわけではない。
深緑の軍服に包まれた足が持ち上がり、躊躇いなく男の肩を踏む。親族がそのような目に遭っていてもなお、ヤマトの心にはさざ波一つ生じなかった。
「──跪きなさい。我らが掲げる緑の翼に触れたこと、後悔するがいい」
赤い舌をちろりと覗かせ、ムサシが鼻先で一蹴する。
白蛇があぎとを剥いた瞬間、ヤマトは声なき絶叫を聞いたような気がした。
* * *
「ソウヤ一尉!」
「ナガトか。なんだ、もういいのか?」
「はい! もう十分ですっ!」
「そうか」と笑い、ソウヤは頭上から滑り降りてきた感染鳥を打ち落とした。派手なのに無駄のない動きだ。同じ鮮やかさでも、ハルナのものとはまた違う。その背後で、スズヤが遠くから迫る敵を的確に沈めていく。
もう、助けられるだけの無様な真似はしない。ナガトが処理しきれなかった感染者は、アカギが撃ち抜く。全部一人で片付けようなどという気は最初からなかった。出来る範囲をなんとかすればいい。互いに背を合わせ、入れ代わり立ち代わり銃声を鳴らし、怒号を放つ。
絶え間なく響くアラート音。
カガ隊とヒュウガ隊が入り乱れ、かつてないほどの数の感染者を相手にする。地面を這いずる白の根も、葉脈を浮かばせた野生動物も、ヒトも。──まるで現実味がなかった。
弾倉を取り換える間のフォローをアカギに頼んでいる最中、無線がざっと鳴いた。急に割り込んできたこれは艦内からだ。それも全体無線らしい。
『あ、あー……、お前ら、聞こえてっかー?』
「カガ二佐?」
間延びした声はカガのものだ。基本的に一方通行の無線は、相手が信号を途絶えさせるまでこちらの声は送れない。なにかあったのだろうか。艦に残してきた奏の顔が脳裏に浮かんだが、危険が迫っているのならこうものんびりとはしていないだろう。
背後で聞こえたヒュウガの焦ったような声が、ナガトの胸に奇妙な引っかかりを残す。
『──おお、わり。全体無線だ、ちゃーんと聞けよー。特にナガトとアカギ、お前らは耳の穴かっぽじってよーく聞けー』
「へ?」「はァ?」
名指しで指名されて、ナガトとアカギの手が一瞬止まった。瞬時に身体を動かすが、案の定その一瞬で目の前の感染者をソウヤの弾が沈めていく。
血の雨が降りしきる中でかけられたカガの言葉は、想像を絶するものだった。
『いいかー、今から本物の“ヒーロー”が外に出る。生かすも殺すもお前ら次第だ。テールベルト空軍の誇りにかけて、ゼッテェ守り抜け!』
「は!? ちょっと、カガ二佐!? どういうことですか!!」
「オイオイ、お前の女は随分と気ぃ強いな、ナガト」
ソウヤが呆れたように肩を竦める。
相手に届かないということもすっかり忘れて、ナガトは捲くし立てていた。冗談じゃない。あの馬鹿はなにを考えてる。どうせまた無理を言ったんだろう、そうに違いない。
──約束したのに。
大人しく待っているんじゃなかったのか。八つ当たりのように薬弾を撒き散らし、迫る白の蔦を手榴弾で焼き払う。派手な火柱が上がったが、燃え盛る蔦の向こう側から感染者が唸りを上げながら駆けてくるのが見えた。
無線機は雑音ばかりを届けて、肝心の声を送ってこない。「奏! いいからそこにいろって!」無駄と知りつつ叫んだナガトの耳に、弱々しい声が滑り込んできた。