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 青い空の色は、常に身体を包み込むようにしてそこにあった。
 天地が逆転し、身体がシートに強く押しつけられても、ぐるぐると胃の腑が掻き回され、毛細血管が雑草の根のように引きちぎられる音を聞いても、それでもあそこは気高く自由な場所だった。
 この部屋のカーテンは厚く、光を通さない。部屋の主であるムサシの目は、強い光──特に日光には弱いからだ。そうと知っているから、ヤマトはほんの僅かに作ったカーテンの隙間から、日の降りそそぐ窓の向こうを眺め見た。かつて雲を切り裂いて飛んでいたあの場所は、今はもう、こんなにも遠い。
 お前はここには不要なのだと弾き出された瞬間から、ヤマトは地上から青を見上げる道を歩んだ。あの場所に飛び立つ翼達を見守る立場になった。
 ムサシが薄く色のついた眼鏡の奥で眩しそうに目を細めているのに気がつき、カーテンを閉める。彼もまた、空から弾き出された者の一人だった。かつてはヤマトの上官であったが、今となっては昔の話だ。
 彼がなにか言いかけたそのとき、基地司令室の荘厳な扉が乱暴に打ち鳴らされた。客人は予想の範疇内だ。やれやれと肩を竦めたムサシが返事をするよりも早く、蹴破る勢いで扉が開け放たれる。
 礼儀も品も欠いた登場の仕方は、卑しい強盗のそれを思わせた。出迎えようとしたムサシを突き飛ばし、緑花院にて特務大臣を任された伯父が、脂肪の乗った手でヤマトの胸倉を乱暴に掴む。上背はヤマトの方があるせいで、下方に引っ張られて中途半端に腰を曲げるはめになった。
 男から見えない位置で蔑みを隠そうともせずに顔を歪ませたムサシが、声だけは明るく言った。

「おやおや、会議はもう終わったんですか? 結果はどうなりました?」
「ええい、黙れゲテモノ! これはお前の失態だぞ、どうしてくれる? え? なにか言ったらどうだ、ヤマト! あんな気味の悪い王族なんぞに出し抜かれるなど、この一族の恥晒しが! ただでさえ空軍学校なんぞというくだらん出自のくせに、恥の上塗りか! いったい誰のおかげで総司令官の役職につけたと思っている!」

 誰のおかげとはよく言ったものだ。少なくとも、目の前の醜悪な男の手柄ではない。
 泡を吐きながらがなる男は、ぎょろりと目を血走らせていた。まるで感染者のようだ。そんなことを口にすれば、彼はどんな反応を見せるのだろうか。
 ヤマトの軍服に皺が深く刻まれる。叩きつけられる拳も、暴言も、どこか他人事のようだった。なにも言わないヤマトに痺れを切らしたのか、彼は真っ赤な顔をして鼻息を荒くさせている。

「いいか! これは、これらはすべて、空軍の責任だ! 貴様らが企てたことだ! わしらは一切関与していない! ひいては緑防大臣の責任になるぞ、分かっているのか!」

 男の肩越しに、ムサシが失笑しているのが見えた。中性的な、どちらかといえば柔和な顔立ちが、微笑みのまま冷たく凍っていく。
 贅沢ばかりをして肉付きのいい手を、ヤマトはそっと掴んだ。女でもないのに柔らかい手はどこか気味が悪い。そのまま手首を強く握り締めてやれば、男の顔は容易く痛みに歪んだ。
 自分を見上げてくる瞳が、驚愕に見開かれる。
 黒い眼の中に、うっすらと微笑む自分の姿が映り込んでいた。

「お忘れですか」
「な、なにを……」
「テールベルト総軍の最高司令官は緑王陛下です。陸空軍共に、陛下の最終決定には抗えない」

 いくら埃を被った形だけの決まり事だろうと、この国では昔からそう定められている。
 軍を動かすのは総司令官で、さらにその上が緑花軍政省の役人──ヤマトの父であり、目の前で怒鳴り散らす男の血を分けた兄の緑花防衛大臣であることには間違いがない。だが、それらを統べるのが緑王だ。最終決定権は緑王が握っている。形式上だと言われようが、お飾りだと言われようが、事実は事実だ。
 白の植物が蔓延るこのプレートにおいて、国家間の軍事的軋轢は表立っては鳴りを潜めている。かつての大災厄で滅ぼされた文明を建て直し、ずたぼろのプレートに残った国々で力を合わせて白の脅威から平和を取り戻す──それが世界共通目標だ。ゆえに、軍事系統は特殊な発展を遂げてきた。国家に属するものの、時に独立した組織として振る舞うことも許される。それはひとえに、白の植物という存在が相手だからだろう。だからこそ緑王は侮られる。彼ら王族はただのお飾りの、緑の奴隷なのだと。
 国と国、人と人の争いが禁忌とされる風潮が世間に広まる中で、光が強まれば強まるほどそこに生まれる影は濃さを増す。
 男は渾身の力を込めてヤマトの手を振り払い、怒りと恐れの混ざり合った眼差しを向けてきた。払った手は再びヤマトのよれた軍服を掴む。あくまでも自分が優位であるということを示すかのように。

「ヤマトっ、貴様、裏切るつもりか? そんなことをすれば、ビリジアンをも敵に回すことになるんだぞ!」
『──それでは、テールベルトとカクタスの未来の友情を誓って。英雄の国を打ち倒しましょうぞ』
「それもそうですよねぇ。こーんなこと言われてたら、いくら温厚なビリジアンでも怒っちゃいますよね〜」
「なっ!? 貴様ァ! どこでそれをっ」

 薄型のレコーダーを手の中で遊ばせたムサシは、緑花院議員とカクタス政府高官とのやり取りを延々と流しながら、嫣然と微笑んで見せた。
 ぞっとするほどの冷たい笑みは、獲物を絞め殺す蛇のそれによく似ている。締め上げ、窒息させ、それから丸呑みにしていく。──まさに、蛇そのものだ。


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