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 空軍の立場が向上するなら、多少の人道を欠いた計画も飲み下す腹だった。だが、蓋を開けてみればどうだ。優秀な特殊飛行部の一隊を犠牲にし、稀代の天才科学者を廃した挙句、空軍を足掛かりに王家を排斥しようとするではないか。
 ビリジアンと手を組んで二大国家を創り上げようとする大胆な動きには素直に感心するが、その裏が大変よろしくない。血縁を理由に、ヤマトを──空軍を利用する気でいるのは見え見えだ。分かっていてあえてトカゲの尻尾になってやる気などは、どうひり出しても微塵も持ち合わせていない。
 たとえ緑花院を敵に回そうとも、ハインケルを守り抜きさえすれば、いつか彼らは空軍の足元に跪く。あの小さな科学者はそれだけの切り札を持っていると知っているからだ。
 なにかと煩わしい緑花院を叩き潰すにはうってつけの機会だった。忌々しいこの計画は、テールベルト空軍にとって、奇貨と呼ぶにふさわしいものだったのだ。
 ──最初から、すべて叩き潰す予定だった。特殊飛行部を率いる艦長達にだけはそのすべてを知らせたが、どうやらイセには酷な話だったらしい。
 ソウヤの動きは、──有り体に言えば、まったくもって無駄だった。彼が動かずともヒュウガ隊は救えたし、他プレートの一国が滅びることはなかった。王家の地位は落ちるどころか高まる予定だった。動いたところで、彼は自らの首を絞めるだけだ。
 それをすべて知った上で、羽ばたく部下を止めきれなかったイセは、今なにを思うのだろう。あの優秀だった男は、翼を切られるために飛んだのだ。大人しく繋がれたままでいればよかったのに、主人の手綱を噛み千切って飛び出していってしまった。
 誰にも繋がっていない切られた綱の先に、イセはなにを見るのだろうか。

「ソウヤ一尉の重大な命令違反は、変えようのない事実です。それは理解できますね?」
「……ええ」
「貴方の指導力不足が原因であると、はっきりと言いましょう。管理責任を……と言いたいところですが、今後のことを考えると、それはそれでややこしい話になってきますので目を瞑るとして」

 キャンドルの炎が揺れる。イセはもうこちらを見ようともしない。これ以上いじめるのは可哀想だろうか? ヤマトの涼しい視線だけを受け止めながら、ムサシは静かに微笑んだ。
 鷲は蛇を食らう。
 しかし、毒蛇は鷲の愛子を食らうのだ。

「言ったでしょう、空軍は王族という駒を手に入れた。ソウヤくんは、その王族専用艦にて飛び立ちました。──できる限りの温情はかけましょう。仲間を思う彼の心と、失うと知りつつ声を飲み、耐え忍んだ貴方の哀れさに免じて」


* * *



 失いたくなどなかった。
 雲を突き抜け進んだ先に広がる、あの美しい青を。
 手放したくなどなかった。
 無限の可能性を秘めた、あの美しい翼を。


 ヴェルデ基地内に設けられた執務室に戻ったイセは、冷気を感じるほどに冷え冷えとした室内で明かりもつけずにただ立ち尽くしていた。重厚な机の上には黄金のネームプレートがこちらを見ている。壁には勲章や賞状が飾られているが、どれも自分で飾ったものではなかった。
 この部屋を見て、「見るからに執務室って感じですね」とよく分からない軽口を叩いた男がいた。しなやかな猫のような印象を与えてくる青年は、どこか危ういところがあると入隊時から思っていたが──……その危うさが、ここに来て彼の翼を削いでいった。
 息が詰まる。勢いのままに壁に拳を叩きつければ、部下の誰かが掛けてくれたのだろう額がいくつもガタガタと震え、抗議のような音を立てた。ずくずくとした痛みが小指から腕全体へと広がっていく。
 あの男に家族はいただろうか。両親は幼い頃に亡くしたと聞いているし、結婚の報告もなかったはずだ。ならば恋人は。すべての部下の人生を面倒見れるなど思い上がったことを考えたことはなかったはずだが、それでも、この翼の下に抱えた者達の未来くらいは守ってやりたかった。こんなことを考えているとカガにでも知られたら、彼はきっと腹を抱えて笑いながら、底冷えのするような声でイセの甘さを指摘するのだろう。
 毛色の変わった青年は、特別目をかけた部下だった。優秀な軍人の一面と、到底軍人には不向きな人間性を持ち合わせた男だったから。
 イセの思考を遮るように、胸ポケットの内側で携帯端末が震えた。また頭痛の種だろうかと取り出せば、画面に表示されていた名に目を瞠る。思わず時計を確認したがまだ日も高い頃合いで、こんな時間に彼女から連絡が来ることは実に珍しかった。
 ほんの数コール分逡巡し、イセはそっと不通ボタンを押した。
 今妻の声を聞いてしまったら、柄にもないことを口にしてしまいそうだった。



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