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「でも、確かにソウヤくんをここで失うのは、こちらとして惜しいですねぇ。とーっても優秀なパイロットでしたのに、残念です」
「……ムサシ司令」
「むーりでーすよー。いくらなんでも庇いきれません。それになにより、彼の“一尉”という立場は、すこーし都合が良すぎます」
「ですが、あれを失うことは主戦力を失うことと同義です。空軍にとっても大きな痛手かと存じます」
「では、不正に王族専用艦を発艦させた責任は、どなたが取りますか?」
一隊員が個人の意思で不正に入手したコードを利用し、非常時でなければ日の目を見ることなどない王族専用艦を出した。イセ隊には待機が命じられている。勝手な行動は許されるはずもない。彼が犯した命令違反という事実は、どう足掻いても覆らない。王族専用艦の奪取となれば、テールベルト空軍どころかテールベルトという国そのものを裏切ったと言われても過言ではないのだ。
さらに彼は空渡の際に、夜番の隊員を昏倒させている。隊員に大きな怪我はないが、お咎めなしで済ますにはあまりの出来事だ。
「“ヒュウガ隊は元々、あのプレートに派遣されていました”。そうですよね? ──答えなさい、イセ艦長」
「──はい。仰る通りです」
「はい、結構。つまり、あの艦にはソウヤくんしか乗っていなかったわけです。外部協力者の存在があったとはいえ、やはりさすがですね〜。イセ隊のエースはレベルが違います」
ヒュウガ隊のナガトとアカギの二名だけが空渡したという事実は、軍内では最初から公然の秘密となっている。ヒュウガ隊は全員があのプレートに渡っていた。
それが空軍が示すべき、新しい事実だ。それを今さら覆すつもりは、ムサシにはさらさらない。
イセも分かっているのだろう。分かっていてもなお、彼はこうして嘆願しに来たのだ。
「彼のおかげで、カガ隊はどこからも責められる謂れはなくなりました。ひいてはこの空軍の立場を守ることにも繋がります。おいたは過ぎますが、今回ばかりは褒めてあげたくなりますねぇ」
カガ隊には、探られて痛い腹を作るわけにはいかなかった。彼らには英雄になってもらわなければならない。
──緑のゆりかご計画などという非道極まりない計画を阻止し、他プレートを救った英雄として。
緑のゆりかご計画によって、ヒュウガ隊の派遣された地域には、意図的に白の汚染が拡大した。核は一ヶ所に集結し、ゆりかごを求めてさまよう。計画を阻止すべく奮闘するヒュウガ隊の救出と応援を任されたのが、彼らカガ隊というわけだ。
ハインケルを助け出し、ジグダ燃料爆弾を解除する。そして集まった寄生体を完全駆除し、テールベルトに帰還する。それが、テールベルト空軍が描いたシナリオだ。
随分と陳腐でお粗末極まりないが、それでも世間の目は緑花院と暴走したソウヤに向くだろう。
「すべてをソウヤ一尉に背負わせるというのは、無理がありましょう。確実に嗅ぎつけられます」
「報道の皆さんには、それよりもっと大きな餌を差し上げましょう。まずは緑花院の総入れ替えでしょうか。世間はこぞって彼らを責めるでしょうからねぇ。その傍らで、カガ隊が称賛される。その熱が冷めてきたとしても、うちにはマミヤくんがいますから」
緑花院への激化する報道が落ち着き、空軍に目を向ける余裕が生まれたとしても、その頃にはもう、彼らは手を出せない。空軍はすでに、テールベルトが誇る崇高な緑の駒を手に入れている。
緑花院の陰謀が暴かれるまで、あともうじきだ。そうなれば、テールベルトにおいて緑花院の地位は地に落ちる。王家撤廃派の人間の大多数が政界から去り、相対的に王家の力が高まるだろう。そうなったこの国で、マミヤを擁する空軍が王族経由でなにもしないはずがない。
彼女は自ら血を示したのだ。これを利用しない手はない。
それになにより、彼女とはそういう契約だ。
王族専用艦を出してソウヤらを派遣することを許可する代わりに、空軍を守るために名を借りる。マミヤはそれを是とした。
王族として利用されることに嘆いた上での行動で、彼女は結局、王族としての立場を取引の材料に使うしかなかったのだ。可哀想に。同情の代わりに苦笑が漏れる。
「王族専用艦の詳細が非公開のものとはいえ、あのサイズの空渡艦がただ一人の力で動かせるはずもありません。そのくらい民間人でも気づきます。ソウヤ一尉しか乗っていなかったという言は、あまりに無茶が過ぎる」
「それは言葉のあやですよう。彼に協力したのか、あるいは強いられたのか、もちろん乗組員は他にもいたはずですしねぇ。ですがまあ、特筆すべきでもないでしょう」
書類上には名前が並ぶはずだが、ソウヤほどの処罰は下るまい。彼らはこの舞台において、ただの脇役にしか過ぎないのだから。
その瞬間、イセの鋭い眼差しがキャンドルの炎に煽られて黄金に光ったように見えた。
「……ソウヤ一尉が空渡の際、緑場を開いたのはムサシ司令、あなたではありませんか?」
「おやおや、いきなりなにを言い出すんですか。あれは開発部のイブキ一曹が協力してたって話じゃないですか」
「緑場の開放は、空渡観察官でなければ不可能でしょう。元空渡観察官のあなたなら可能なはずです」
「違いますよー? でも本当に不思議ですよねぇ。なーんでできちゃったんでしょうね!」
「ムサシ司令!」
「──己が本分を忘れるな、イセ一佐」
声を荒げたイセを制したのは、それまで沈黙を守っていたヤマトだった。夜の闇をそのまま流し込んだような漆黒の双眸が、冷ややかにイセを見つめる。
強く拳を握り締めたイセは、肺が空になるまで深い溜息を吐いて俯いた。どれほどやるせない気持ちでいるのか、想像することはできるが理解はできない。
「貴方には、伝えない方がよかったのかもしれませんねぇ」
イセを含む特殊飛行部の全艦長には、皆等しく全貌を明かしていた。緑のゆりかご計画が企てられていることも、それをこうして土壇場で阻止するということも、すべて。
緑花院からこの計画を投げかけられたとき、おぞましい“英雄”に選ばれていたのはヒュウガ隊そのものだった。誤算だったのは若い幹部候補生二人が暴走したことだったが、通常ならば懲戒免職ものの暴走も、今回ばかりは帳消しになる。当初の予定通り、あくまで“ヒュウガ隊”としてカウントされるからだ。彼らにとっては、逆にこの計画に救われたようなものだ。