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 いつまでも立ち止まっていたところで仕方がない。暖房を入れ、静寂を誤魔化すテレビをつけて、ひとまず床に腰を落ち着けた。
 せめて無事でいてくれたら。そうしてまた、あの扉を突き破るように開けてくれたら。
 このままぼうっとテレビを見る気にもなれず、風呂を済ませたチトセは早々にベッドに潜り込み、眠りについた。悩み事があると寝付けない体質だったが、訓練で疲れ切っていた身体は容易く睡魔を連れてきた。
 そうして引きずり込まれた眠りの世界を打ち壊したのは、銃撃でもあったのかと思うような騒音だった。

「――チトセぇ!」
「えっ、なに!? って、ぐはっ!!」
「え、やだなにこれ寒いし暗いじゃない。ちょっとぉ、なんで暖房つけてないのよぅ。消すの早すぎ! あっ、ホットカーペットも入ってない! なにやってんのぉ?」
「ちょ、まっ、はぁ!? マミヤ!?」
「耳元で叫ばないでよ、うるさいわねぇ」

 バァンッと、それこそ扉を突き破らんばかりに部屋に飛び込み、チトセの呼吸を止める勢いでベッドに身体を投げ入れてきたのは、他でもないマミヤその人だった。髪から香るシャンプーの香りこそいつもの香りとは違ったが、その声も、理不尽極まりない文句も、どう考えてもマミヤのものだ。
 無理やり叩き起こされた頭は想定外の事態についていけないでいる。
 開いた扉の向こうに、女子寮だというのに体格のいい男の姿が見えてさらに混乱した。かっちりとスーツに身を包んだ彼らはチトセを見るなり軽く会釈して、どこか洗練された動作で外から扉を閉める。ご丁寧にも、部屋の電気をつけてくれた。
 なんだこれ。なにがどうなっているんだ。
 寝ぼけ眼に映ったのは、嫌味なほど整った顔だった。

「ちょ、ちょっと、ねえ、マミヤ、あんたほんっとにマミヤ!?」
「そーよぉ。なに、どうしたの。頭以外に目も悪くなっちゃったの? 病院行く?」
「うん、あんた間違いなくマミヤだわ。つか、え、なに、どういうこと? あんたなんでここに? つか今何時だと思って、いや、そんなことより外の男達は誰なわけ?」
「あの人達はわたしのボディガードよぉ。てゆーかぁ、ここはわたしの部屋でしょお? なんでここにいちゃいけないのよぅ」

 ぶうっと頬を膨らませるマミヤは、いつも通りのようでいてどこか違った。自他ともに認める整った顔には、疲労と悲哀が混じって見える。ぎゅうぎゅうとしがみついてくるマミヤの腕を優しくほどいてやりながら、チトセは彼女の瞳をじっと覗き込んだ。
 泣いていたのだろうか。目の縁が若干充血している。ふと視線をずらして、またしてもチトセは仰天した。

「ちょっと! あんた怪我してんの!?」
「え? ああ、そーなのよぉ。ちょっと切っちゃって。怪我人なんだから優しくしてよねぇ」

 包帯を巻いた左手をひらひらと振ったマミヤが、すぐに痛みに顔を引き攣らせた。これだけ厚く巻いても血が滲んでいるのだから、相当な傷だろう。痛いに違いない。

「一体なにがあったのよ、あんたなんかに巻き込まれてんの? それ誰にやられたの、大丈夫なわけ!?」
「ちょっと落ち着きなさぁい。これくらいへーきよぉ。神経とかは傷つけないようにしたもの〜」
「って、自分でやったの!? なにしてんのよ!」
「もぉ、うるさいわよう。そんなに叫ばなくても聞こえるわぁ。こんな夜中にメーワクよ、周りのこと考えなさぁい」

 大げさな動きで耳を塞ぐマミヤに、呆れと怒りと安堵が同時に押し寄せてくる。ほわほわとした喋り方が鬱陶しい。そんな場合じゃないだろうに。「なにがあったのよ」ベッドに座り直しながらもう一度問いかけると、マミヤはやっと馬鹿みたいな表情を取り払った。
 一瞬だけ真顔になったかと思うと、チトセを見て苦笑する。こつりと額が重なって、伏せられた瞳を飾る長い睫毛をすぐそこに見た。

「聞いちゃうと、あんたもクビになっちゃうかもよぉ?」
「それは嫌だけどっ! 嫌すぎて正直ビビるけど! でも、こんなワケ分かんない状況で、なんにも知らされないまま過ごせっていう方が無理に決まってんでしょ!? あんた、あたしの性格知らないとは言わせないわよ」
「……そーねぇ。そーなのよねぇ。だからわたし、あんたのこと、」

 そこから先をマミヤが口にすることはなかった。距離が近すぎるせいでよく見えなかったが、その口元はなにかを堪えるようにきつく引き結ばれているように感じた。それを指摘する間も与えず、ぱっと離れていったマミヤは、自分のクッションを手に戻って来てチトセのすぐ隣へと座った。クッションは抱える用らしい。狭いベッドの上だが、平均的な体格の女性二人が座る分にはなんの支障もなかった。


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