10 [ 202/225 ]
「また考えなしに動かれては迷惑だ。何度もお前達の尻拭いばかりしてられん。ここで待て、アカギ三尉」
冷たく細められた瞳に貫かれ、アカギは浮かせていた腰を下ろすより他になかった。気圧されて言葉も出ないアカギに、ハルナはさらに畳み掛ける。
「その突っ走ることだけが取り柄の頭を、一度休めて考えろ。心配せずとも、為すべきことは山とある。いいか、本番はこれからだ。餌を見つけたあいつらはもう容赦などせん。大元の核を潰さん限り終わらんぞ」
吐き捨てるように言ったハルナが外に出る。
その言葉はとても冷たく聞こえたけれど、彼は爆弾の存在を懸念していないような口ぶりだった。ソウヤ達が動いたのなら、なんとかなる。言外にその信頼が伝わってきて、改めて自分の力不足を痛感する。
彼にそれほどまでの信頼を預けてもらえるようになるまで、自分はあとどのくらいかかるのだろう。そのチャンスは未だに残されているのだろうか。
端末を操作していたカガが、二人分のコーヒーを淹れて戻ってきた。一つは穂香の前に、一つは自分の前に置く。当然のようにアカギにはなかったし、アカギもそれが当然だと思っていたが、穂香は遠慮がちに紙コップをアカギの前に滑らせてきた。どうやらアカギの分だと思ったらしい。
お前が飲めと告げてやると、彼女は困ったように眉を下げ、それでも静かに口をつけていた。
「なあ、アカギ。あのな、ハルナな、あれでもお前らのコトすっげぇ心配してたんだぞ」
「……はい」
それは分かっている。
こちらに来てからのコールで、それは痛いほどに理解している。
ハルナの言葉が刺さるのは、自分に足りない部分があると自覚しているからだ。
「ま、あいつもなー。ソウヤが来ちまったから落ち着かねぇんだろなー」
「え? でも、それはカガ隊も一緒じゃないんですか? その、……勝手に、」
「いんや、ちげぇよ。うちは違う。俺達は正式な要請のもとで飛んできた。ソウヤとは違う。いやー、でもなでもな、ハルナ抑えんの、なっかなか苦労したんだぜー? オッチャンもう疲れたー癒されたーい」
「ちょっと待ってください。正式って、正式な要請って、どういうことっすか」
「そのまんまだ」
コーヒーを置いたカガが、ふうと息を吐いた。
その表情に、先ほどまでのだらしない笑みはない。あるのは軍人として、指導者としての冷静な眼差しだ。
「上からの命令で俺達は動いてる。それが本来、軍人としてのあるべき姿だ。今回下された指令は主に四つ。感染者の駆除、核の破壊、ヒュウガ隊の救出、それから――……」
* * *
一人きりの部屋は、思っていた以上に広かった。
戦闘職種のチトセと非戦闘職種のマミヤでは、大抵の場合においてマミヤの方が先に戻っている。訓練でへとへとになって帰ってきたチトセを、部屋着に着替えたマミヤがテレビを見て寛ぎながら迎えるのも、よくある日常の一つだった。
けれど、今はそうではない。帰ってきても部屋はしんと静まり返っており、テレビどころか電気すらついていない。チトセが先に戻ってくる日だって今までも確かにあったけれど、あのときはこんな寂寥感なんて覚えやしなかった。数時間、あるいは数日もすればまた賑やかになると確信していたからだ。
「……ただいま」
暗い部屋から「おかえり」は聞こえない。
あの子は今頃どうしているのだろう。大変な状況にいるのは分かっている。キッカもそう言っていた。そんな中で、自分は友達の安否一つ確認できないのだろうか。冷え切った部屋に一歩足を踏み入れた途端、悔しさが込み上げてきた。
あの子が失恋したときや嫌なことがあったときは、小さな子どもみたいに喚きながら部屋の扉を乱暴に開け放ち、雪崩れ込むように部屋に飛び込んできた。
――けれど、そうか。
今になって気づく。
あの子は、心のずっと奥の方に傷を負ったとき、静かに一人で膝を抱えていたのだ。そんなことにも気づけなかっただなんて。友達なのに。親友だと思っていたのに。不甲斐なさと悔しさに、チトセは拳を強く握り締めた。