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 振り返ったアカギは、断末魔を上げてのたうつ白い蔦を見た。発声器官などあるはずもないのに、どこからか悲鳴が漏れるその様はあまりにもおぞましく、醜悪だ。血の代わりに飛び散る液体は白く濁っており、強烈な腐臭を放っていた。
 暴れる蔦の餌食にならないよう身体を逸らし、その太い蔦に空いた穴を凝視する。食い込んだ弾丸は、アカギが所持している薬銃よりも高火力の代物だ。それだけ扱いも難しい。
 そこから立て続けに二発。耳に痛みさえ覚える銃声が響き、吹き飛ぶ白ネズミの血から顔を庇いながら見たハッチから、軽やかに人影が落ちてきた。本人の体重と装備もあってか、着地した瞬間に重みのある音が鳴る。

「え……」

 応援だ。それはすぐに分かった。深緑の戦闘服に、暗い色のゴーグル。顔はよく見えないが、あの恰好はテールベルト空軍の軍人に他ならない。硝煙の立ち昇る中、それが誰か確認しようとして目を凝らしたが、その必要はなかった。
 体格のいい男が、ゴーグル越しにアカギを捉える。
 引き結ばれたままの唇は笑んだわけでもないのに、なぜかほんの一瞬だけ空気が和らいだのを肌で感じた。

「Kept you waiting(待たせたな), Akagi.」

 言葉はコード変換がされていなかったけれど、その声にははっきりと聞き覚えがあった。その人はすぐさまコードを調節し、言語を合わせる。
 持ち主の性格をそのまま映したような硬そうな黒髪は、日に焼けて少し茶色くなっている。ゴーグルで目元が見えずとも、それだけで彼が誰かなどすぐに理解できた。思い出すのは厳しい表情ばかりだ。生真面目さと指導の厳しさにおいて、同年代の上官で彼の右に出る者はいない。
 知っている。その厳しさがテールベルトにとって必要なことを。
 目の前に立つその人は新入隊員憧れの存在であり、テールベルト空軍を代表する翼そのものでもあった。

「ハルナ二尉っ!」
「よく持ちこたえたな、上出来だ! だが再会を喜ぶ暇はない。来い!」

 足元を駆け抜ける白ネズミを吹き飛ばしながら、ハルナが吠えた。艦外でもひっきりなしに銃声が鳴り響いている。
 呆然とする穂香をロッカーから抱え出し、艦の上で待ち構えるカガ隊の別隊員に頼んで引き上げてもらった。ひしゃげて役に立たないタラップを軽く蹴って飛び上がり、アカギも自力で脱出する。
 冷えた空気が頬を嬲る。外は想像を絶する光景が広がっていた。蔓延る白の植物が、生きた宿主を探してあちこち這いずり回っている。涙の痕が痛々しい穂香は、アカギの胸に力なく倒れ込んできた。慌てて支えたが、その膝は砕けて使い物にならないらしい。

「お前達は一度、カガ隊の艦に避難させる。要救助者はオキカゼに任せろ。行くぞ、ついてこい」

 淡々としたハルナの指示は、状況を問うことすら許してくれなかった。あっという間に簡易飛行樹を広げようとしたハルナに、アカギは慌てて食い下がる。

「大丈夫です、こいつは俺が運びます!」
「なら好きにしろ。――オキカゼ、代わりに援護を頼んだ」

 穂香を預かろうとしていたオキカゼ一曹が、真剣な顔でハルナに敬礼を返した。彼もまた、ハルナ同様に簡易飛行樹を広げてグリップを握る。
 数多の銃声が空に響く。

「なにをぐずぐずしている、ド阿呆が! お前は現状把握もできんのか! さっさと動け!」
「は、はいっ!!」

 容赦のない叱責を受け、アカギも慌てて投げ渡された飛行樹を起動させた。未塗装の簡易飛行樹特有の白い翼が広がる。力の抜けた穂香を片腕でしっかりと抱きかかえ、いつも以上に強くグリップを握り締めた。
 銃声を聞きながら、空を飛ぶ。前を行くハルナの背を追うことだけを考えた。首に巻きつく腕の細さなど、考えたくもなかった。



 カガ隊の艦に避難したアカギ達は、真っ先に全身洗浄と簡易検査を行った。結果はどちらも陰性でほっとする。あれだけの悲惨な状況下で感染せずに済んだのは、ハルナの言葉を借りれば確かに「上出来」だった。
 ブリーフィングルームで一息ついていたアカギは、そこで新たな問題に直面することになった。ガタガタと震える穂香がしがみついてきて、これっぽっちも離れる気配を見せないのだ。乱れた髪を整えようともせず、ぎゅうぎゅうと抱き着いて離れない。そんな彼女を見下ろして、アカギはどうしたものかと渋面を作った。
 離れてくれないことに対しての渋面ではない。意識はとうに別に向いている。ここで助かったと安堵の息を吐き、怯える穂香に「もう大丈夫だから安心していい」と囁けたら幸せだ。だが、そう簡単な話ではないことくらい容易に想像ができる。


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