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「クソッ! 穂香っ、下がれ!」

 このままでは袋のネズミはこちらの方だ。奥の倉庫に穂香を逃がそうと誘導するが、またしても艦が大きく揺れ、足を取られた穂香が転倒した。
 アカギと穂香、ここにはその二人しかいない。野生の本能か、それとも白の植物がもたらす捕食者としての本能か。すぐさま弱者を見定めた白ネズミが、穂香へと群がった。
 薬銃を撃ち続け、蹴散らしたところで、ネズミは後から後から湧いてくる。侵入経路はどこだ、一体どこから。どこかに穴でも開いたか。エンジン部からの侵入か。どちらにせよ、このままでは救助が来る前に喰い尽くされる。

「やだっ、こないでっ、やだぁっ!」
「落ち着け! 手ぇ貸せ、下がってろ! ほら!」

 ――ガァンッ!
 差し伸べた手を振り払うような勢いで凄まじい音を放ったのは、もはや意味をなさなくなったハッチだった。円形の扉部分がひしゃげ、ただの鉄板のように床に転がっていく。ずっ、と音を立てて影が落ちる。頑丈なはずのハッチを食い破るようにして押し入ってきたのは、穂香の胴体ほどはあろうかという太さの真っ白な蔦だ。
 明らかに意思を持って動くそれは、核を宿した化け物だった。おそらくはこのネズミ達の親なのだろう。

「ひっ! あ、や……、なに、」
「穂香っ!」

 腰が抜けて座り込む穂香を片腕で抱き上げ、死に物狂いで薬銃を乱射した。反動に備えることもできないほどの無茶な動きに筋が痛みを訴えたが、そんなものに構っている場合ではない。腕の中に収めた小さな身体を離すまいと力を込め、ただひたすらに敵を睨む。
 ――どうする。唯一と言ってもいい出入り口には、白の植物が占拠している。このまま奥へ逃げたところで、ハッチを抉じ開けれるほどの強大な力を持った相手だ。あの化物は、分厚い扉などものともしないのだろう。これが本来の任務用の大型艦であれば問題はなかっただろうに、訓練用の練習艦では耐久性も劣る。

「アカギさんっ、どうしようっ!」
「しっかりしがみついて目ェ閉じてろ! 大丈夫だ!」

 傷を負うのを覚悟で手榴弾を投げるか。だが、それで向こうが生き残った場合、一体誰が穂香を守る。応援はまだか。どうすれば守れる。どうすればいい。なんとしても守らなければならないのだ。そのためには、どう動けば正解に辿り着けるのだろう。
 手当たり次第に武器を手に取り、身体にかかる負荷も考えずに引き金を引く。爆音と振動に、そのたびに穂香が小さく悲鳴を上げた。泣いていい。怯えていい。叫んでも恐れてもいいから、頼むから離れるな。
 どれほど攻撃をしようとも、蔦はアカギ達を求めてずるずると床を這い動く。何度弾丸を撃ち込もうと、ずるり、ずるり、粘着質な液体を滲ませながら近寄ってくる。
 もう迷っている暇はなかった。

「来い、穂香!」
「えっ!?」
「ここに入って二十秒数えろ、その間はなにがあっても耳塞いでじっとしとけ!」
「待って、アカギさんっ! ねえっ!」

 騒ぐ穂香を防火仕様のロッカーに押し込むべく、中に入れていた器具を投げ捨てる。穂香くらいならばすっぽり収まるだろう空間を確保して、アカギは腰の手榴弾に手をかけた。ピンを抜いて投げる。たったそれだけでいい。あとはここから動かなければ、きっと守れるはずだ。
 焼け焦げ、朽ちた欠片のその先に、彼女を救う道がある。
 なのにこんなときに限って、穂香は言うことを聞こうとしない。抵抗する身体をロッカーに強引に押し込み、暴れる手を払いながら扉に手をかけた。

「待ってください、待って! なにするんですか!?」

 頭に響く泣き声が煩わしい。泣くなと叱るだけの時間は残されていないのに、どうして邪魔をするのか。
 愚かではないはずなのに、穂香は扉を閉めようとするアカギを必死に阻んで泣き叫ぶ。

「時間がねェんだ、大人しくしてろ!! ここにいりゃ助かる!」
「やだっ、怖いのっ!」
「守るっつってんだろ!」
「じゃあアカギさんはどうするのっ!!」

 押し問答を繰り返すアカギ達を黙らせたのは、舌を噛みそうなほど身体を揺さぶる振動と、雷鳴のような銃声だった。あまりの激しさに数秒の間聴覚が奪われ、無音が辺りを支配する。
 やがて世界に音が復活すると、甲高い悲鳴が艦内に木霊した。目の前の穂香は言葉を失ったままだ。これは彼女の悲鳴ではないし、第一彼女の声はこんなにも化け物じみてはいない。


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