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「今日はスクランブルもないみたいですけどねぇ」
窓から見える滑走路もいつも通りだ。誘導灯が星空の下で人工的な光を放っている。整備員達が行き来するのもいつも通りの光景で、騒がしく感じるような要素はない。
イセがそんな話をしているのではないことくらい、分かっていて言った。案の定、彼は眉間に深い皺を刻んで窓の外に視線をやる。
「なんのご用件でしょう。用もなく引き止める貴方でもないでしょうに」
「ソウヤ一尉の件について、話があります」
「――なるほど。まったくもう、どこからか情報を流すいけない子がいるみたいですね。それとも、情報を拾ってくるのが上手な子でしょうか」
「ムサシ司令、あれは、」
「イセ艦長。お話は明日で構いませんか? もうこんな時間ですし、早く寝ないと疲れが取れませんよっ。私はすこーし用事があるので、一度失礼します。異論はありませんね?」
それは問いではなく、断定だった。
退きなさい。笑顔のまま言い放ち、長躯の脇を擦り抜ける。何度か口を開く気配は感じたが、背中に声がかけられることはなかった。
――そう、それでいい。
一人静かに暗がりの中を進む。まるでなにかの暗示のようだと、ムサシは一人ごちた。
* * *
「この島国を丸ごと吹き飛ばせる爆弾様だ。早いとこ解除しねぇと、俺達全員英雄か極悪人へ転職だな」
ヒュウガの精一杯の皮肉は、絶望的な状況に余裕を生む潤滑油の役割を為した。
とはいえ、冗談一つでこの状況が改善するわけではない。島国一つ吹き飛ばせる最新爆弾は、仕掛け人達のプレート脱出時間等を諸々見積もって二、三時間の時限式だろう。
それで十分だと胸を張るには心もとないが、少なすぎると嘆いて諦められる時間でもない。映画のようにスマートにはいかずとも、生身の人間らしく精一杯見苦しく足掻いてみせるだけの時間なら用意されている。
ちらりとナガトを伺い見たが、彼はまだ状況を完全に把握し切れてはいないようだった。とはいえ、彼も咄嗟の判断力が求められるパイロットだ。頭では理解しているのだろうが、それでも感情が追いつかないのだろう。ナガトの切り替えは早い方だと見込んでいるし、事実その通りだとも思う。
現に、彼はヒュウガに、これからの行動指針を問うている。自らの動き方を見定めようとする目に迷いや困惑はない。
ソウヤは淡々と装備を整えながら、インカムの具合を確かめた。相変わらず耳に異物を押し込む感覚は不快だが、外して辺りをうろつくわけにもいかない。
今回の空渡で、ヒュウガ隊すべての人間を連れてくることはできなかった。少数精鋭と言えば聞こえがいいが、国一つを救うには少し頼りなくも思える人数だ。人もものも、十分な数を掻き集める時間の余裕はなく、あのときのソウヤにはこれが精いっぱいだったのだ。それでも、不思議と諦念が湧くことはなかった。
「スズヤ、チビ博士のコード、しっかり登録しとけよ。どうせ信号は切られてるとは思うがな」
「分かってますよー。てゆーか、ほんとにあの博士が爆弾解除できるんですかねー。せっかく助けに行っても、できない〜なんて泣きながら言われたら、おれ撃っちゃうかも」
「お前より遥かに頭の出来はいいんだ、無駄な心配すんな。……つうか」
後ろを見れば、ナガトと隣の女がなにかを小さく言い争っている。白の植物の脅威などろくに知らない民間人は、震えて大人しくしていることしかできまいと思い込んでいたが、どうやら彼女はそうではないらしい。
「あれが俺達にとって最後の希望の種だ。信じて水をやらねぇでどうするよ」
種を蒔いて、水をやって、雑草を抜いて。
そうしなければ、綺麗な花は咲かない。
どうせ咲きはしないと種を蒔かずにいては、どうにもならない。
「……ソウヤ一尉って、たまーに子どもみたいですよね。途方もない夢を追いかけたり、とんでもない無茶したり」
「いつまでも少年の心を忘れない大人だ。見習え」
軽く胸を張って言ってのけたソウヤに、スズヤは苦笑したまま首を振った。
まったく、生意気な後輩だ。