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 チトセは曖昧に頷き、周囲の目を気にしてキッカを自室へと案内した。普段ならマミヤが座っているクッションをキッカに勧め、とりあえずケーキを出す。当然どちらとも手をつけず、しばらく沈黙が部屋を満たした。

「……チトセさん、病院行ってきたんだよね? マミヤさん、その、……そんなに悪いの?」

 どうやらキッカは、チトセの浮かない顔をマミヤの不調と捉えたらしい。懸命に励まそうとしてくれる上官に、チトセは慌てて首を振って否定した。だが、「元気です」とは言いきれない。

「や、あの、違うんです。病院には行きました。行きましたけど、……でも、いなかったんです」
「え? 会えなかったってこと?」
「まあ、そうなんですけど……。よく分からないんですけど、なんか、そもそも入院してないって……」
「入院してない?」

 さすがにキッカが眉根を寄せた。

「受付の人が言うには、ヴェルデ基地からの緊急搬送なんかなかったって。でもその人、聞いたら一週間前に入ったばっかの新人だって言うんですよ。だからよく事情とか知らないだろうし、他の職員に変われって言ったのに、記録にないから間違いないとか言い張って、ほんっと腹立つあの石頭!」

 ぎゃんぎゃんと三十分押し問答を繰り広げていたことを思い出し、怒りが再燃する。
 入ったばかりの新人には分からないこともあるだろうからと、こちらは丁重に「他の方をお願いします」と言ったのだ。だのにあの女は「記録にありませんから、ありえません」との一点張りだ。

「こちとらあっちこっちに話聞いて、部屋番号まで教えてもらって、その上ちゃーんと外出届に『マミヤ士長の見舞い』って書いてきたってのに! なのに『そんな記録はない』っておかしいと思いません!?」
「え、ちょっと待って、でも、マミヤさんはその病院にはいなかったんだよね……?」
「そうなんですけど、それもなんかおかしくて」
「おかしいって?」
「見かねたおばさん職員が出てきて、代わりに話聞いてくれたんですよ。事情話したら、その人『当院ではベッドに空きがなかったので、別の病院に移っていただきました』って」

 またしてもキッカの眉が顰められる。
 ヴェルデ基地隊員御用達のヴェルデ総合病院は、この近辺では最も大きな病院だ。当然患者数も多いが、ヴェルデ基地の隊員のために確保されている病室が存在する。そしてその空き具合は、毎朝ヴェルデ基地に報告が下りてくる決まりだった。医務室のボードにはそれが表示されている。
 御用達とはいえ、ヴェルデ基地では基地内にも病院を構えている上に、資格を持った医者もいる。検査及び長期入院が必要な隊員はヴェルデ総合病院へ向かうが、大半は基地内の病院で十分事足りる。
 つまり、よほどの有事でない限り、ベッドに空きがない事態は極めて稀だ。

「どこの病院かって聞いたら、シックザールの大学病院だって」
「シックザール? わざわざ?」
「なんかおかしくないですか? いくらヴェルデ基地が首都に近いからって、そっちに緊急搬送の患者回します? この辺りにだって探せばいくらでもあるのに」
「普通はない、……よね」

 違和感はそれだけではない。

「でしょう!? それでなんか変だと思って、その病院にも確認取ってみたんですよ。そしたら、『すでに退院なさいました』とか言われて」
「はい……?」
「迎えが来たって。だから退院したって。でも、だったらあいつ、どこにいるんだって話でしょう? 上に確認しようにも、忙しくてそれどころじゃないって言われるし、訳わっかんないっての!」

 怒りに任せてモンブランにフォークを突き立てれば、難しい顔をしたキッカが脇に置いていたカメラを操作し始めた。
 マミヤもお気に入りのケーキ店で買ったモンブランは思った通りの味がして、チトセの怒りもほんの僅かに大人しくなる。
 むしゃむしゃとケーキを貪るチトセとは裏腹に、キッカは口を貝のように閉ざしてカメラの操作を続け、食い入るように液晶モニターを見つめていた。「あの……」彼女にしては珍しい、硬い声が零れ落ちる。

「……チトセさん、ちょっとこれを見てくれるかな」
「へ? なんですか、これ」

 映し出されていたのは、別段変わったところのないヴェルデ基地の風景だ。
 外から撮ったのだろう。青空に淡い緑色の外壁が映えている。その映像が、徐々に拡大されていく。画像が荒くなるほどまで拡大されたそれは、建物の影に映り込んだ人の姿のようにも見えた。


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