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守ってやらなければすぐに倒れてしまいそうな“か弱い女の子”をたった一人任されて、それでも引きこもることしかできない自分が情けない。飛び出た舌打ちを自分に宛てられたものだと勘違いした穂香が、すかさず震えた声で謝ってきた。
違う、そうじゃない。お前は悪くない。
「……簡単に言や、“暴走”だ」
「暴走……?」
「俺達は、特殊飛行部の中の、ヒュウガ隊っつー隊に所属している。本来なら、このプレートにはヒュウガ隊総員で派遣されるはずだった。空渡艦もこんな小せェのじゃなく、長期空渡用の大型艦だ。この艦の倍以上あるタイプだ。……ああでも、派遣つってもしばらく先だけどな。少なくとも、今じゃなかった」
特殊飛行部は、基本的には少数精鋭の部隊だ。とはいえ自国のほかに他プレートでの任務も任されるのだから、それなりの数がいる。大型空渡艦の定員は百五十名以下とされており、当然だがそのすべてが戦闘機パイロットではない。パイロットとなればさらに数は減る。艦載機体数よりは多く配置されているが、それでも多いとは言えない部隊だ。
本来なら、それだけの人数で渡ってくるはずだった。
任務は、このプレートで確認された白の植物の核の回収と分析だ。まかり間違っても若手尉官が立った二人で派遣されるような任務ではない。
「空渡ってのは、あー……、つまり次元を開いて渡る。プレートとプレートを、どうにかして結びつける必要がある。そのために緑場の力を高めるんだが、なんつったらいいか……。とにかく、大型艦を飛ばす前には、一度練習艦で次元の開き具合を確かめる必要がある」
「次元の開き具合……?」
「お前達で言うところの、“異世界への道”だ」
「……そんなものが、本当にあるんですね。お話の中だけのことだって、思ってました」
「悪いが現実なんだよ。――で、その練習艦ってのが今いるコレだ」
穂香が反射的にぐるりと艦を見回し、ぱちくりと目をしばたたかせた。
「確かめるっつっても、実際に飛ぶわけじゃねェんだ。エンジンかけて、緑場とのリンクの具合も見て、そんで――……とにかく、コレで空渡することはまずない。もともと長期空渡には向いてねェ艦だから、装備品もさほど積んじゃいねェしな」
「だったら、どうして……」
そこが問題だった。穂香の疑問はもっともだ。
別の隊が空渡する際、新入隊員は緑場の点検訓練を組み込まれることが多い。それによって点検を任されたナガトとアカギは、二人でこの練習艦に乗り込み、司令部からの連絡を待っていた。すでにゲートは開かれ、空渡できる状態は整っている。あとは緑場の安定を確かめ、空渡観察室に連絡し、その場を去ればいいだけだった。
そうすることが求められていた。
「待機中に、無線が入った。聞こえてきたんだ。……途切れ途切れの、悲鳴が」
本来なら、空渡予定のない練習艦の通信機などは切断している。しかしあのとき、一度各種計器の状態をチェックしたあとで、通信機のスイッチを切り忘れていた。
ノイズが艦内に響く。映し出されたモニターに、白い悪魔が見えた。
今でもはっきりと思い出せる。見たくないと本能が強く警鐘を鳴らしているのに、意に反してモニターから目が離せず、一部始終を網膜に焼き付けるはめになった。
「モニターに映ってたのは、別の隊の奴だった。入隊したときから、それなりに仲はよかったな。ナガトなんかは、しょっちゅう一緒にメシ食ってた」
「それ、で……?」
「プレートとプレートを繋ぐ途中の、……道っつうか入り口っつうか。なんつったらいいかな。まあ、とにかくそこで、隊員が白の植物に捕まってるらしかった。……そういうことはたまにある。種子がプレートを渡る際に進化して、個人用空渡艦だとか成層圏ギリギリを飛ぶ飛行樹だとかを掻っ攫うケースは、別に珍しくない」
「そんな……」
「非常事態とはみなされるが、“珍しくはない”んだ。すぐに出動可能な隊が動き、救出、あるいは駆除に向かうはずだった」
それが当然の流れだ。アカギ達も頭では分かっていた。
だが、モニターに映る仲間の悲痛な姿に、声に、身体が勝手に動いていた。
「そんでこの練習艦を動かして、緊急発進。途中で捕まえて救出しようかと思ったけど、――まァ、間に合わなかったわな」
細かく裂かれた人間の身体。プレート間に漂う肉塊は、やがてどこかで消えるだろう。
血が漂う。その中を渡り、訓練のために登録されていた座標コード通りに二人はこのプレートへとやってきた。
現場を知らない上の連中は、記録データだけを見てヒュウガ隊が動いたと思っている。もっと早くに気がつくべきだったのかもしれない。それ自体が、異常なのだと。
目の前のことにばかり囚われていて、大局を見ていなかった。