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 如実に躊躇を語る足がタラップを降りる。今にも泣き出しそうな穂香が「あの……」と声をかけてきたが、結局それ以上は言葉が続かなかった。

「あのバカ、また一人で無茶しやがって……!」

 冷静でなんでもそつなくこなすように見えて、その実、アカギ以上に感情に流されやすいのがナガトだ。アカギとてそう引けはとらないが、ナガトほどではないと自分では思っている。
 どちらにせよ、規律厳しい軍隊において二人は厄介な性質だった。それも緑防大出の幹部候補生がこれだ。性格・素行に難ありと評価が付けられるのは今に始まったことではなく、卒業後の特殊飛行部への配属も上は相当頭を抱えたと聞いている。
 もともと自分達は問題児として扱われていた。自慢ではないが、飛行技術や戦闘能力に関して言えば周りの人間よりも頭一つ分は突出していた。だからこそ、やや難ありとしても特殊飛行部への配属が認められたのだ。
 上は正式に入隊すれば意識の方も変わると踏んでいたのだろうが、これでは元も子もない。

「あの、……な、ナガトさん、は……」
「大丈夫だ。バカは死なねェ」

 するりと滑り出した台詞は己に言い聞かせているようなもので、さらに苦み走ってアカギは渋面を作った。ぎしぎしと軋む艦が煩わしい。
 ナガトが飛び出していった今、どう動くべきか。それを考えるために硬い椅子に腰を据え、痛む頭を抱えて長い溜息を吐いた。
 この状況では応援は期待できない。ミーティア達も、学校の集団感染をどうにかすることで手一杯だろう。奏はナガトが助けに行った。だから大丈夫だ。――大丈夫でなければ許さない。
 ハッチ近くの壁を見れば、取りつけられていた簡易飛行樹が二本姿を消している。どうやらナガトは、あの一瞬で予備も含めて掠めていったらしい。あるのかないのか分からない冷静な判断力に、今は笑うことしかできなかった。
 あの様子では、言葉通りなにがなんでも奏を助けるだろう。それでこそ「テールベルト空軍の王子様」だと、面白がって呼ばれているあだ名を思い出した。
 立ち尽くしていた穂香が、迷った末に隣に座った。ぎゅっと握り締められた拳がスカートに皺を作っているのが見え、どうしたことかと顔を上げる。視線が絡むなり怯えたそぶりを見せた少女は、それでいて意を決したように引き結んだ唇をほどいた。

「あの、これから、どう……」
「……ああ。なんにせよしばらくは待機だ。ビリジアンの室長の手が空くまでな。それまではもつ」
「そう、ですか」
「お前の姉貴はナガトが助けに行った。心配すんな」

 アカギにしては珍しく、少しでも長く喋っていたい気分だった。口を休ませれば余計なことばかり考えてしまいそうで、何度考えても“待機”が最善だという結論に至る自分に嫌悪してしまいそうで、とにかく別のことに頭を使っていたい。
 そう願ったところで、穂香は口数の多い方ではないし、自分も会話が得意な方ではない。すぐに訪れた沈黙を、軋む音が嗤う。
 ここに残ったのが奏だったなら、飛び出していったナガトを見てアカギに詰め寄っただろう。「これからどうなんの? ナガトは無事なん? あたしらどうしたらええの!?」睫毛を震わせる穂香をじっと見やり、アカギはふと思った。もしかしたら、彼女も一緒なのかもしれない。これからどうなるのか。ナガトは無事なのか。自分達はどうすればいいのか。言わないだけで、彼女もそう思っているのかもしれない。
 ならば答えてやればいい。先回りして伝えてやればいい。そう思うのに、言葉が出てこない。
 やがて、音にするのに失敗したような声が聞こえてきた。ひっくり返ったそれを恥じるように、慌てて穂香が俯く。

「……どうした」
「ご、ごめんなさい、あの……、ずっと、聞きたかったことがあって」
「なんだ」
「アカギさん達は、あの、どうして、お二人だけなんですか……?」

 思いがけず核心に迫る一言に、一瞬言葉が詰まった。
 よりにもよって今か。それは、今する話なのか。

「お姉ちゃんとも、前から話してたんです。どうして、二人だけなんだろう、って。この空渡艦?――も、二人乗りとは思えないし……。だから、その……」

 つっかえながら話を続ける穂香は、怯える子兎のような眼差しで見上げてくる。縋るような瞳は弱々しいし、その両腕も細っこくて頼りない。なにより彼女が驚くほど軽いことは、アカギが身を持って知っている。


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