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「でも、有事の際は――簡単に言えば、イレギュラーなことがレギュラーになってきつつある段階では、『小説みたいなことがあるかもしれない』に変わるんだよ。小説にあるんだから、現実でも誰かが助けてくれるかもしれない、ってね」
「そんなもんか? ンな単純でもねェだろ」
「人間ってのは意外と単純なもんなんだよ、特に非常時で混乱してるときは。どうせこれから、このプレートはパニックになる。あれくらいの年頃なら、泣いて縋ってきても不思議じゃないよ」

 泣いて縋らせてどうするつもりだ。
 たった二人の人間を守るために、わざわざやってきたわけではない。端末に送信された指令を確認するたびに、ずくりと頭が痛んだ。
 自分達に与えられた任務は、飛来した白の植物を発見し、完璧に駆除して痕跡を残さないことだ。引いてはこのプレートの人間すべてを守ることにも繋がる。まかり間違っても、たった二人のために動くわけにはいかない。

「今、司令部から連絡が来た。このイチゴが親でビンゴ。ただし核(コア)は抜けてる。すでにどっかに寄生済みってことだ」
「オイ、そりゃあいくらなんでも……」
「早すぎる。あの二人についてないってことは、どこ飛んでったんだか……。周辺反応もないし、進化してる可能性のが高いね、こりゃ。妙な特性増やしてなきゃいいけど」
「おまっ、そんな簡単に!」

 嘲笑交じりの軽い物言いに、ぞくりと冷たいものが駆けていく。

「カガ隊が派遣された地域の親も、核は移動済みだった。それも報告書を見る限り、“白”発見地点から離れた場所にいきなり飛んでたって話だろ。このプレートには、あっちと違って人が多すぎる。――どういうことか分かるだろ?」
「それだけ寄生対象と、……餌が多いってこったろ」

 すでに白の植物は、人間を補食対象として認識している。元来白の植物が持っている脳の神経系に作用する物質の有無は、こちらのプレートに渡ったところで変わらない。変わらないからこそ、蝕まれていくのだ。進化の仕方がプレートに合わせて変わる可能性もある。この速さは、向こうでもなかなか見られないものだった。
 このプレートの緑は、白の脅威を知らない。知るはずもない。
 対処法もなにもなく、呼吸する間に白く染め抜かれていくだろう。やがて白の恐怖は植物だけでなく、人をも襲う。感染者が溢れ、寄生体がそこかしこを蹂躙し、地獄絵図を描くに違いない。
 これだけの人間が暮らすプレートだ。起こる騒動は決して生易しいものではない。
 だからこそ、他プレートに渡る特殊飛行部が存在する。

「核は他に寄生して離れても、やがて親の近くに戻りたがる。こっちのがそのまま特性引き継いでるとしたら、だけど」
「もし変わってなけりゃ、あの二人に接近することは間違いねェだろ。今からでも協力要請しに、」
「相手は女の子だよ。それも普通の。白の脅威を知らない、軍人のぐの字も持ち合わせてないような、かよわーい女の子」

 歪んだ笑みを浮かべたナガトの瞼の裏には、一体なにが写っているのだろう。暗闇の中に鈍く輝く白か、それとも目の覚めるような赤か。

「協力要請は当然する。でも、頭から話して信じてもらえるはずがない。そこまでの記憶操作は許可なくできないしね。だったら無駄な労力使うより、向こうから助けてーって泣きついてもらう方が手っとり早いでしょ。でないとあのお姉さんの方、警戒心強すぎてやってらんない」
「……鬼か、お前」

 ナガトは唇の端だけで笑った。

「なんとでも言えよ。――どうせ俺らは、ヒーローになんてなれっこないんだから」


* * *



 悪い夢だと思うことにした。あれはきっと、夢だったのだ。
 奏と震えながら過ごした夜が明けたが、庭にはなにも変わった様子はない。なにかが存在していた痕跡など一つもなかった。たった一つの足跡さえ、そこには残ってはいなかったのだ。
 両親もいつも通りの時間に目が覚め、朝食を取り、仕事に行った。変わったことはないかと尋ねたが、なんの異常もないと言う。むしろ、普段よりもぐっすり眠れたくらいだと満足そうに言っていた。
 ――あれは夢だ。疲れていたから、あんな悪い夢を見たのだ。
 何度もそう繰り返す。けれど服の下でどくどくと早鐘を打つ心臓は、言い様のない不安を穂香に植え付けたまま解放してはくれなかった。
 奏もなにも言わない。ただじっと庭を見つめているだけだ。外に出れば、夏の終わりを惜しむようにはしゃぎ回る子どもと、暑さに辟易しながら営業に回るサラリーマン達がいる。変わらない日常の風景だ。
 なにも変わらないはずなのになにかが変わったことを、穂香はその肌で感じていた。

「ほの、ちょっといい?」

 ちょうど太陽が真上に来た頃、外出用の服装をした奏が部屋を訪ねてきた。ノックはされたはずなのに、声をかけられるまでまったく気がつかなかった。
 大げさに跳ねた身体を見て、奏が申し訳なさそうに眉を下げる。

「ああごめん、勉強中やった? ってまあ、受験生やし当然か」
「ううん、平気。……あんまり集中できてなかったから」

 ぼうっとしては一問解き、またぼうっとしては一問解きの繰り返しだった。これでは、やってるのもやってないのも大差ない。テキストには時折、ミミズの這ったような跡があった。


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