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「でもあの、ソウヤ一尉、マミヤ様と仲良いんですか。ま、まさか、付き合ってたり……!?」
「しねぇよ。あんな面倒くさそうな女はごめんだ」
「え、だって、こないだあんなにくっついて話してたじゃないですか。それにあれだけ美人なんですし、別に少しくらい我儘でもいいじゃないっすか」
「その少しの我儘がとんでもねぇけどな」
「まあ、それは……」

 こんな状況で交わす会話ではなかったが、それでイブキの気が紛れるのならばいくらでも付き合おう。デスクに直接腰かけ、外の様子に気を配りながらソウヤはカチャカチャとキーボードを叩く音を聞いていた。
 ある意味余裕があるのはいいことだ。冷や汗を滲ませた額を見下ろしながら、気づかれないほどかすかに苦笑する。
 どうやらイブキはマミヤのファンらしく、先日二人きりで話をしていた様子を見ていたようでこのざまだ。踏まれたいだの罵られたいだの、知りたくもない性癖を曝露されて正直うんざりしている。
 そんな俎上(そじょう)のマミヤは、ここ数日姿を見ていない。
 昼間にさりげなく空渡観察室を覗きに行ったものの、否応なく目立つあの後姿はどこにも見られなかった。彼女と同室のチトセを捕まえて話を聞いてみたところ、二日ほど前に急に体調を崩し、ヴェルデ基地が懇意にしている病院に入院しているとの情報が得られた。
 ――この状況で緊急入院か。あまりのタイミングの良さに勘繰りたくなるのは、別にソウヤだけではないだろう。

「でもソウヤ一尉、あの……」
「なんだ」

 真剣な表情でモニターを追っていた小粒な瞳がソウヤを物言いたげに見上げ、パッとすぐに逸らされる。組んだ足の先で脇腹を軽く小突いて促すと、イブキは言いにくそうにもごもごと口元を動かした。

「“こんなこと”してるのに、ほんとに付き合ってないんですか?」
「ねぇよ。お前、なにが言いたいんだ?」
「だって……、あの……。それじゃあ、片思いなのかな、って」
「あ?」

 高圧的に首を傾げたソウヤにイブキは震え上がったが、それでも手を止めようとはしなかった。その姿勢だけは褒めてやれるが、それ以外は面倒なことこの上ない。
 どうやらこの男は、ソウヤの行動理由を惚れた弱みによるものだと考えているらしい。そのことにようやく気がつき、呆れるやらおかしいやらで、思わず鼻から抜ける笑みが零れていた。それが怖かったのか、イブキはますます背を丸めて縮こまる。

「惚れた腫れたでここまでするかよ。お前、俺をいくつだと思ってんだ。もう三十二だぞ。十代のガキじゃあるまいし、その程度でこんな真似できるか」
「じゃあ、どうして……」

 イブキの言葉はそれ以上続かなかった。
 どうしてこんなことをしているのか。彼はそう聞きたいのだろう。
 だとすれば答えは簡単だ。「好奇心」の一言で片付く。
 イセから散々釘を刺され、普段は人に干渉しないタイヨウまでが、引き返すなら今の内だと言ってきた。境界線はとうに踏み越えている。それだけの犠牲を払う理由は、他でもないただの好奇心だ。それだけでいい。
 長々と語ったところで誰も分からないだろうし、分かってもらうつもりもない。
 ただ、この国がどんな過ちを犯すのかが気になった。――胸の奥底で渦巻く思いなど、わざわざ示す必要もない。

「それにな、仮にお姫さんに惚れてたとしてみろ。ンなとこでグダグダやってないで、さっさとトンズラしてるぞ。惚れた女を地雷原に置いておけるかよ」
「うわ……。駆け落ちっすか」
「おー。……なんだ、こっちの方がよっぽどガキの発想だな」

 自分で言っておきながら自分で笑ったソウヤに、イブキも笑って肩を竦めた。納得したようには見えないが、どうやらこれ以上この問題に触れる気はなくなったらしい。

「あー……マミヤ様とちゅーしたい」
「よし、伝えといてやる」
「うぉおおおおっ、やめてください殺す気ですか!」
「お前の大っ好きな“マミヤ様”に、心底軽蔑した目で見下ろされるチャンスだぞ。むしろ泣いて感謝しろ」
「う……、そ、それは魅力的、魅力的ですけれども! しかしながら一尉、なんで軽蔑されること前提なんですかっ」
「鏡を見てよーく考えろ。部下思いの優しい俺の口からは、とてもじゃないが言えねぇな」

 途端に泣きそうな顔をしてイブキが手を止めたが、一睨みすればすぐさま作業を再開させた。「ちょっと自分がイケメンだからって」そんなぼやきが聞こえた気がしたが、骨格の造りは遺伝なのでどうしようもない。カクタスの血が半分入っているソウヤの目鼻立ちは、純テールベルト人のものよりも確かにはっきりとしていた。
 しかし顔の造りなどどうでもいい。くだらない話をしていなければ落ち着かないのか、イブキはなおも無駄口を叩いた。


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