1 [ 13/225 ]

やがて欠片は手を伸ばす *3



 脳裏に浮かんだのは、染まる白と舞い散る赤。
 そこに、緑はなかった。
 暗がりの中に、星が瞬くようにして白と赤が散っていく。
 あれはきっと悪い夢なのだと、そう思わずにはいられない。


 真っ先に抱いた感想は、「なんだこの乱暴な女は」だった。
 データにある言語より少し訛りの強い喋り方で、細っこい身体を闇雲に動かして対抗――あれは抵抗ではなく、もはや対抗と言っていいだろう――をしてきた女は、泣きそうな顔をしながらもナガトに噛みついた。ナガトに関しては比喩で済むその行動は、アカギには物理的に実行されたけれど。
 艦に戻って回収してきた植物を検査装置にかけるナガトは、黙ったままだった。本人が自慢げに語る整った顔立ちに、今や笑みは浮かんでいない。
 艦をあの家の庭に停めたままにするわけにもいかないので、今は離れた山に場所を移していた。
 本部の情報を端末で確認してみたが、どうやら他の地域でも感染が拡大し始めてきているらしい。今いるこの地域ではそう感染者の数は報告されていないが、別の地域では集団感染とみられる騒ぎもあったようだ。
 「新種じゃなけりゃいいけどな」とぼやくように言ってアカギは端末を切ったが、その呟きにナガトが応えることはなかったせいで独り言になった。
 今度ははっきりと、それと分かるように話しかける。

「よかったのか?」
「なにが?」
「あのガキ共放っておいて。濃厚接触者であることには変わりねェし、これでなんかあったらどうするんだ」
「……これだからアカギは。あのね、まず常識で考えて、若い女の子二人が男二人組に部屋に侵入された挙句、『僕達この世界を救うために、違う世界から来たんです〜』なんて言われて信じると思う? 簡単に信じられたらそいつの頭を疑うよ、俺は」

 キーを操作して遺伝子情報を探しながら、ナガトは心底呆れた声で言う。見た目だけは穏やかなくせに、歯に絹着せぬ物言いが彼らしい。――が、腹が立つ。
 腹が立つのは、ナガトの言うことが正しいからだという理由もあった。ぐしゃぐしゃと頭を掻き毟るアカギを尻目に、ナガトはくすりと笑う。どこか疲労の滲んだそれは、彼にはあまり似合わなかった。

「頭のオカシイ人間だと思うでしょ、普通。それぐらいの警戒心は持っててもらわなきゃ、このプレート全体の常識を疑うね」
「だったらなんで、適当に言って誤魔化さなかったんだよ。わざわざあんな昔話までするこたねェだろ」

 大災厄の話など、それこそ馴染みのない者からすれば“頭のオカシイ”話でしかない。ナガトが語ったのはあのプレートの初期も初期の話で、実際、他のプレートに渡ったときにはもっと最近のことだけを話す。常套手段として、「これは生物兵器だから」だとかなんとか付け足したりもする。このプレートの科学技術もそれなりに高い水準にあるのだから、その説明の方が説得力があったのではないだろうか。
 自分達のプレートの人間でさえ、大災厄の話はお伽噺として認識する者もいるくらいだ。それを他プレートの人間に理解しろというのは無茶だろうに。
 そう言うと、ナガトは軽く笑って肩を竦めた。無造作にぽいっと投げてよこされたのは、一冊の本だ。

「んだよ、これ」
「さっき見つけた。この国の本だって。まあ読んでみなよ、結構おもしろいから。この国には、こういった傾向の本が山ほど出版されてるらしいよ。――異世界から勇者がやってきて、悪者を倒すってストーリーのがね」
「……はァ?」

 たぶん、素だった。
 ――なんだコイツは。勇者なんてものになりたいのか。

「あ、言っとくけど、勇者になりたいって思ってんのかとか思ってんなら、ぶん殴るから。そんな綺麗な職じゃないって、お前が一番分かってんでしょ」
「あー……うん、まあ。でも、だとしたらなにが目的なんだっつー話だろ」
「オイコラ。やっぱし思ってたんだな、殴らせろ」

 手近にあったバインダーの面で殴られる。ばこんと間抜けな音がした。角だったら避けたが、失礼なことを考えたのもあって、甘んじて受け止めた。
 勇者、ヒーロー、正義の味方。
 そんなものは、自分達から最も遠い存在だ。言われるまでもなく理解している。

「たく。――つまりは、こういうストーリーが氾濫してるってことは、平時には『そんな小説みたいな話あるわけない』って意識を植え付けられてる。俺らみたいなイレギュラーな存在が唐突に現れても、まだ理性が勝ってるってわけ」

 途中で、ナガトがぴんと指を弾いた。どうやら解析が上手くいったらしい。
 話に耳を傾けつつ、アカギは投げられた本のページをぱらぱらと捲った。一度最後まで流し見たあと、あらすじに目を通す。異世界からやってきた正義の味方が、この国で起きる不可解な出来事を次々と解決していくという内容のものだった。テールベルトではむしろ、この系統の内容は好まれない。



[*prev] [next#]
しおりを挟む

back
top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -