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「大災厄の原因は分からない。でも、それから緑が減り始めた。分かる? どんな植物も、白く変わり始めたんだ」

 路肩の雑草も、森の木々も、全部。
 赤く色づく林檎でさえ、白く変わっていった。
 大災厄によって科学は崩壊した。人々は、原始に強制的に帰された。
 災害のあとに治安が荒れるのは、悲しいことだがそう珍しくない。略奪が起こり、各地で暴動が発生した。各国政府はそれを鎮めようと奮闘したが、事態は一向に収拾を見せない。
 ナガトは酷薄な笑みを浮かべてそう語る。

「当然だよ。それは人々の意志ではなく、白の植物によって引き起こされていたものだったんだから」

 無害であると信じられていた白の植物は、人々に妄想や幻覚を見せる。人々を狂気に至らしめ、破壊衝動のままに突き動かす。白の植物は、悪魔の手先だった。
 人々は恐怖した。そして、失われていく緑を渇望した。
 当時、緑を生み出すことができたのは、遺伝子操作によって特権を得ていた王族だけだった。恵まれた容姿に、老いても美しく、病を知らぬ身体を持った王族は、本来、優雅に椅子に座っていればよかったはずだった。そんな子どもが、大災厄を機にその命を代償として痩せ衰えるまで緑を生み続けた。
 そしてその血は、今もなお続いているという。

「そんな絶望の中、人々は努力を絶やさなかった。植物が白く変わる原因や、幻覚をもたらすメカニズム。対処法はあるのか――いろんなことを、調べた」

 元来科学の進んでいた世界だ。国の復興と共に科学も復活し、かつてのレベルにまで追いついた。

「白の植物の呼気に、他の生命体の脳神経系に作用する物質が含まれていることが分かった。でも花粉みたいに広く飛散するわけじゃないから、よっぽど近くで長時間いない限りは影響はない。でもね、だんだん被害は拡大し始めたんだ」

 周囲に白の植物がなくても、人々が狂い始める。
 動物達も凶暴化し、次々に人間を襲い出す。
 近づきさえしなければ安全だと信じられていた一時の安寧は、あっという間に足元から崩されていった。

「白の植物には、親がいた。親は核(コア)を持っていて、それを虫やら近くにやってきた動物に植え付けて、進化し続けるんだ。その生物の個体情報から生きる術を学んでいくんだろうね。親に寄生された生き物が死なない限り、あるいは核を破壊しない限り、子は増え続ける。そりゃあもう、いろーんなオプションつきでね」
「……どこまで遡って語る気だ。端折れ」
「はいはい。気が短いのはやだねー。まあそんなこんなでこっちの世界も大変だったんだけど、ここ最近、白の植物を駆逐する方法がやっと見つかってきたわけ。なんだけど、そんなときに進化を極めちゃってた奴の種子が、他のプレート――あ、きみらの世界に、飛んでいっちゃったんだ。だから俺らは、それを責任持って駆逐するために遣わされた、いわゆる兵隊さんなわけです。分かった?」

 このままでは白の植物が地球を浸食する。
 そして、今、妨害電波とやらの影響を受けずに起きていられる奏と穂香は、それだけ白の植物に濃厚接触しているとのことらしい。
 ――そんな話を、簡単に信じられるわけがない。信じたくなかった。視界の端にちらちらと映り込む“それ”を必死に見ないふりをして、手の震えを抑え込むようにぎゅっと拳を作る。
 奏は随分と落ち着いたらしく、苛烈な眼差しでナガトを射抜いていた。

「それどこの宗教? またテロでも企んでんの?」
「宗教ときたか。でも残念ながら、俺は無神論者なんだ」
「そういうこと言ってんとちゃうやろ!? なにが目的なん!?」
「るっせェな、ギャンギャン騒ぐなよ。目的は“白の植物の駆逐”っつったろ」
「やから! そんなんあんたらの狂言やん! ほんまの目的はなんやって聞いてんねん!」

 狂ってる。
 強盗か、変な宗教団体か、それとも薬物中毒者か。
 もしかしたら、その全部か。
 怒鳴り散らす奏の手は、よく見れば小刻みに震えていた。強気を装っていても、彼女だって怖いのだろう。得体の知れない男を二人も前にして、一切の恐怖を感じずにいられるほどの神経を持ち合わせた人間はそういないに違いない。
 
「なかなか受け入れがたいことではあるだろうけど、信じてくれる? というか、この状況からして信じざるを得ないと思うけど、違うかな」

 ――やめて。
 穂香の声なき悲鳴など掃いて捨てるように、ナガトがホワイトストロベリーの鉢を指さした。そこには、ほとんどすべての葉が白くなった植物が、ピンク色の鉢の中に鎮座している。
 ありえるはずのない話を聞いてから、ずっとあの鉢が気になっていた。白の植物とは、まさにあのイチゴのことではないのか。

 奏と穂香の二人にしか感じなかった地震。
 突然庭に現れた、潜水艦のような黒い塊。
 どんなに起こしても起きない両親。
 どこからともなく現れた二人組。
 これだけ騒いでいるのに、苦情一つこない現状。

「今すぐに信じてくれなくても別にいいよ。感染も寄生もされてないみたいだし、その植物だけ譲ってくれる? そしたら俺らのこと、頭のイカレた連中だって思ってくれても構わないから」
「……オイ、ナガト」
「その代わり、これからこの世界になにが起きるか、その目でよく見ておくといい。ついでに言っておくけど、俺らはこの世界の緑を守るために来たんであって、人間を守るために来たんじゃないから」

 ――その辺り、勘違いしないでね。
 残酷なほど綺麗な笑顔でナガトは言い、鉢を持って“二階の窓から”帰っていった。


【2話*end】
【2014.1012.加筆修正】


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