7 [ 121/225 ]

 ――きっとそうだ。そうであってほしい。
 いつもならあっという間に過ぎていく二十分が、このときばかりはあまりにも長かった。
 駅のホームは騒然としていて、ヘリコプターのローター音が耳に痛い。あちこちから上がる悲鳴や泣き声、そして野次馬のはしゃぐ不謹慎な声と、報道陣の声。そしてそれを規制する警官の拡声器の声。たくさんの声が重なって、螺旋を描きながら奏の耳に捻じ込まれる。
 降りるなりミーティアに連絡をすると、彼女は待っていたと言わんばかりにすぐに応答した。
 どこまでも落ち着いた冷静な声が、この場の状況にはひどく不似合だった。

『――ご想像のとおり、今回の事件は感染者が引き起こしたものよ。状況はサイアク。集団感染を引き起こしているわね。今、対応をどうするか会議中よ』
「会議!? アホか、そんなんしてる間にほのがっ!」
『気持ちは分かるけれどね、奏。こちらには、お嬢ちゃん一人とその他大勢、そのどちらも救う必要があるのよ』
「ナガトは? ナガト達は、もうほのを助けに行ったん!?」
『ええ。彼らはすでに現場に到着しているはずよ。――けれど奏、現場付近は危険だから近づかないでいただけるかしら。なにがあるか分からないから。……奏、聞いている?』

 足元の雑草が白く変色しているのを、見た。
 人波を掻き分けて辿り着いた高校の前は、まるでドラマのような光景だった。野次馬と、警察と、報道陣と。あちこちでアナウンサーが保護者にインタビューをし、涙を零す母親をアップで映している。その後ろで飛び跳ねる金髪の男達。下がってくださいと叫ぶ警官。
 遠目から見ても分かるバリケードは、懐かしい机や椅子、ロッカーで作られていた。思わず中に飛び込みかけて、瞬く間に警官に止められる。黄色いテープが、北風に揺れていた。

『奏、奏? ちょっと、聞いているの? 奏?』

 返事もせぬまま通話を切り、奏はその場に座り込みそうになるのを必死で堪えた。喉の奥から、唸り声とも嗚咽ともつかないものが零れる。
 三年生なのだから、もう少しで自由登校だったのに。そうすれば、こんな事件には巻き込まれなかったかもしれないのに。
 両手で握り込み、額に押し当てた携帯はもう誰とも繋がっていなかったが、それでも話しかけずにはいられなかった。祈るように、血を吐くように、胸の内に溜まった思いを吐露する。
 思い出したのは、ランドセルを背負い、怯えたようにこちらを見ていた小さな女の子の姿だ。一人にすると泣いてばかりで、それでも両親の前では必死に泣くまいと歯を食いしばっていた。そうして結局耐え切れずに、あの子はぽろぽろと涙を零していたのだ。
 どうすればいいか分からなくて、それでもなんとか元気づけてやりたくて、その頭を撫でて抱き締めた。お気に入りのぬいぐるみを抱くときよりも、ずっと優しく。次第に泣き声が大きくなって、パパ、ママと叫ぶ声が胸に突き刺さり、奏まで悲しくなって、二人で一緒に泣いたのだ。
 今はもう二人とも大きくなっているけれど、それでも、奏にはあのときの穂香の悲痛な泣き声が忘れられない。
 小さな奏は、うんと小さな穂香に向かって誓いを立てた。それは約束よりもずっと強固な、生涯続く“誓い”だった。

「大丈夫やから、大丈夫やからな、ほの。お姉ちゃんが、守ったるから」

 一人で寂しくないように。
 不安なときも、怖いときも、どんなときも一緒にいて、守ってあげるから。
 そう誓った。

「ほの……。頼むから、無事でいて」

 ――どうか助けて。
 あの子を。
 守るべき大切な“妹”を、どうか。


* * *



 無力なお前の誓いなどが、一体どれほどの役に立つというのか。
 身の程を弁えろ。
 お前の手には、なにもない。


* * *



「いや、たすけて、おねがいっ……! はやく、たすけて……」

 狭いロッカーの中に身を隠しながら、穂香は携帯を握り締めて震えていた。
 耳の奥に、アカギの怒鳴りつけるような声が残っている。「なにがなんでも助けてやる」声はとても乱暴なのに、言葉は穂香が望むものそのもので、祈るように握った携帯を額に押しつけて涙を零した。
 ――助けて。お願い、早く来て。早く、早く。
 一時間ほど前から、穂香の心は不安で張り裂けそうになっている。


[*prev] [next#]
しおりを挟む

back
top

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -