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「もっしもーし、久しぶり、明里! どうしたん?」
『奏!? ねえ、テレビ見た?』
「――へ?」

 挨拶もなしに、開口一番それだった。
 こんな風に、明里が一方的に勢いよく捲くし立ててくることはあまりない。どちらかと言えばそれが多いのは奏の方で、明里は「うん、うん」と微笑みながら話を聞いてくれるタイプだった。
 どうしたのだろう。不思議に思いながら「見てへんけど……」と答えると、明里が息を呑んだ。耳に押し当てた携帯から、その呼吸音がつぶさに聞こえてくる。「ああ、」と、悲哀を含んだ吐息が零れるその音まで、はっきりと。
 嫌な予感がする。胸のざわつきは、呼吸をするたびに大きくなっていく。

『ねえ、奏、妹ちゃんの行ってる高校って、白緑高校?』
「え、うん、そうやけど、……なに? どうしたん?」
『……あのね、落ち着いて聞いてね。白緑高校に、銃を持った男が立てこもったって、今、ニュースで』
「うそ……、え、なにそれ、銃って、え?」

 明里の言っていることが理解できない。混乱する奏に、明里はニュースで見た情報を伝えてくれた。
 今分かっていることを一から十まで説明してくれたが、その半分も頭に入ってこず、奏の脳内にはぐるぐると「銃」「男」「立てこもり」の言葉が嘲笑うように渦巻いている。
 いつ電話を切ったのか覚えてもいなかった。気がつけばホームのベンチに座り込んでいて、かじかむ手指を色が変わるまで強く握り締めていた。
 手の中で再び携帯が震えだす。今度は母親だ。予想通り、今にも泣きそうな声が鼓膜を叩いた。

「母さん落ち着いて、大丈夫やから! 学校のことやんな。――ううん、テレビは見てないけど、友達が教えてくれた。とりあえず、母さんは家から動かんとって。学校行ったらあかんよ。――なんででも! 警察から連絡あるかもしれんやろ!」

 今にもひっくり返ってしまいそうな声をなんとか落ち着けて、母をぴしゃりと叱りつけると、それで少しは落ち着きを取り戻したようだった。大きく吐き出された溜息は震えていたが、それでもキンキンとした泣き声ではなくなった。
 落ち着け。その言葉を自分にも必死に言い聞かせる。

『そ、そうやね。ごめん。家におる。アンタは?』
「とりあえず、高校の近くまで行ってみる。もしかしたら、ほのは外に逃げてるかもしれんし」
『でも、そしたらアンタまで危ないんじゃ……』
「どうせ警察と報道陣でごった返してんねん、そこまで近くにはいかれへんよ。様子見に行くだけ。危ないと思ったらすぐ離れる」

 「でも、」と、何度も止めようとしてくる母親をなんとか言いくるめ、奏は白緑高校へ向かうべくホームを移動した。
 白緑高校は駅からすぐ近い。途中で路線を変える必要があるが、急げば四十分ほどで辿り着くだろう。
話しているうちに、母親が悲鳴を上げた。どうやらテレビの生中継で銃声が聞こえたらしい。それにより再びパニック状態に陥った母が、譫言(うわごと)のように「ごめんなさい」と呟いた。
 すっと胸の奥が冷えていく。その謝罪が誰に向けたものなのか、すぐに理解できてしまったからだ。

『ごめ、ごめんなさい、姉さん……。もし、もしあの子になんかあったら、なんて謝れば……』
「――不吉なコト言うな!! っ、とにかく! またなんかあったら連絡するから! 変なこと考えんでや!」

 電話を切るなりナガトにかけてみたが、コール音が虚しく鳴り響くだけで応答はなかった。アカギにかけても同じで、頼みの綱が途切れた気がしてどうしようもない不安が去来する。
 まるで、深い山奥に身一つで放り出されたような気分だった。ばくばくとうるさい鼓動は、奏になにを訴えているのだろう。
 きっと今頃、穂香は声なく叫んでいることだろう。不安と恐怖で泣いているかもしれない。耳を澄ませば聞こえるだろうか。せめて彼らには届いてほしい。強く祈れば祈るほど、指先から熱が引いていった。
 電車に乗り込むと、上空を飛ぶヘリコプターが旋回しているのが見えた。車内の誰もが携帯の画面に夢中になっている。いつもの光景だと思っていたのに、その会話の内容は「高校に立てこもり事件やって!」というものがほとんどだった。
 ――どこが日常だ。こんな日常は、望んでいない。
 何度かけてもナガトは応答しない。苛立ちに突き動かされ、衝動的に舌打ちが飛び出た。
 なにが守るだ。肝心なときに役に立たない。
 そこまで考えてはっとする。もしかして、もうすでに高校に向かっているのではないだろうか。これが“単なる異常”な男が起こした事件にせよ、“特殊な異常”をきたした男が起こした事件にせよ、彼らならばいち早く察知して穂香を救出しに向かったのではないだろうか。


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