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「で? お前は俺を見張んのか?」
「夜の生活なら一滴漏らさず視姦したいところですが、この件についてはそう乗り気じゃないんで。イセ艦長にもそう伝えてます。忠告はするし、目の前でなにかやらかしそうならできる限り止めるけど、あとのことは知ったことじゃないって」
「ははっ、上等だ。イセ艦長にそんな口叩けんのお前くらいだろうよ」
「艦長、心配してましたよ。相当貴方を手放したくないみたいですけど。――そんなに気になりますか? 今の立場と引き換えにしてもいいくらいに?」

 向けられる視線に熱はなく、淡々とタイヨウは問いかけてくる。流行りのウルフカットがよく似合う端正な顔立ちのこの男は、いつもぼんやりとした眠たげな眼をしているくせにこういうときははっきり斬り込んでくるのだから恐ろしい。
 胸ポケットの煙草を取り出そうとして、ここが禁煙だったことを思い出した。さすがに禁煙のポスターがでかでかと張られた食堂で喫煙するのは憚られ、行き場を失った手が代わりにグラスを掴む。

「隠されりゃ余計に気になるのが人の性(さが)だろ?」
「危険を察知して保身に走るのも人の性ですよ」

 こちらを説得しようという熱意がないだけに、余計に言葉は素直に入ってくる。確かにタイヨウの言うとおりだ。これだけご丁寧に危険の看板が掲げられている茨の道を前に、自ら突き進んでいく馬鹿はそういないだろう。
 喉の奥を震わせて笑ったソウヤを、タイヨウとは違う声が呼んだ。食堂の入り口から投げられたそれに顔を上げれば、同隊のミツミ一曹が会釈にしては深めに頭を下げていた。タイヨウと身長は同じでも、近くにいると一回り大きく感じるほどのがっちりとした体格の持ち主だ。

「ご歓談中申し訳ございません、ソウヤ一尉、タイヨウ三尉。先ほど、広報部がソウヤ一尉を探しておりましたので、お伝えに参りました。なんでも、広報紙の記事をチェックしてほしいとのことで」
「あー……、そういや取材受けてたな。分かった、行ってくるわ。ありがとな、ミツミ」
「いえ。お話はもうよろしいのですか? 急ぎではないと言っておりましたが」
「大した話はしてねぇよ。それに、急ぎじゃなくても“急いでほしい”って様子だったんだろ?」

 分厚い肩を軽く叩いて笑えば、ミツミは困ったように眉を下げて頷いた。ソウヤよりも年下なのに三十半ば過ぎに見える老け顔の部下は、大きな身体を縮こまらせて「申し訳ありません」と頭を垂れた。
 一風変わった人間が多く集まる特殊飛行部において、ミツミは最後の良心とまで言われている。興味なさげに水を飲んでいるタイヨウを見るに、彼はイセからなにも聞かされていないらしい。――艦長はどうして、彼ではなくタイヨウを差し向けたのだろう。見張り役、説得役となれば、ミツミの方がよほど向いているだろうに。
 二人の部下を置いて立ち去ったソウヤが食堂から見えなくなるなり、タイヨウは大きく欠伸をしてテーブルの上に突っ伏した。

「お疲れですか、タイヨウ三尉」
「疲れた。……ミツミさんさぁ、執着心ってある? 人とか物とか、立場とか」
「え? ええ、もちろん。恥ずかしながら、気に入りのものや今の立場は、どうにも手放しがたいものです」
「だよな。それが普通なんだろうけど」

 ひんやりとしたテーブルがタイヨウの頬の熱を奪う。

「なさすぎんのも問題っつーか。あの人、自分にすら執着なさそうだもんな……」
「……? すみません、よく聞き取れなかったのですが」
「んーん、別になんでもない。それより、明日の訓練のことなんだけど」

 広報室へと足を向けていたソウヤには、彼らがそんな話をしていたことなど知る由もなかった。仮に知ったところで、青い目をぱちくりと瞬かせて「それが?」と笑ったに違いない。
 誰の憂倶が最も正確に現実を引き連れて喉笛を食い千切るのか、このときはまだ、誰にも分からぬことだった。


* * *



 あの道を行けば、翼を失う。
 そうと知りつつお前は進むか。
 その偽りの翼がお前だけのものではないのだとしても、それでも進むか。
 ならば行け。
 数多の悲哀と悔恨を連れて、あの道へ。
 踊る欠片に惑わされ、あの道へ。
 進めばもう二度と、引き返すことはできないと思い知れ。


* * *



 ミーティアに提供された研究室の一室で顕微鏡を覗き込んでいたハインケルは、突然騒ぎ始めたスツーカの様子に面食らって作業の手を止めた。バサバサと大きく羽ばたいて暴れまわるスツーカの翼から、抜け落ちた羽根が雪のように舞い落ちてくる。
 スツーカはただのペットではない。――ああどうしよう、どうしたの。泣きそうになりながら問いかけても、スツーカはなにも答えずに鳴き喚くばかりだ。なんとか暴れる小さな身体を捕まえてだぼだぼの白衣で包んだが、それでもスツーカはじっとする気配がなかった。仕方がないので仰向けにひっくり返して動きを封じる。こうすれば、鳩の習性で動かなくなるからだ。



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