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 スーパーを出たとき、いつの間にか大量に買い込んでいたせいで膨れ上がった手提げ袋は、当然のようにアカギの手の中にあった。半分持つと言っているのに彼は微塵も聞く耳を持たなくて、いたたまれない気持ちになりながら隣を歩くはめになる。特に会話らしい会話もないまま信号待ちをしていたとき、穂香の耳に甲高い笑い声が突き刺さった。

「あっれ〜、赤坂さんやん! デート?」
「その人がアレ? 例の彼氏?」
「も、森田さん……」

 私服姿の森田は学校で見るよりずっと大人っぽく、派手だけれど綺麗だった。隣にいるのは誰だろう。見たことはあるが、クラスが違うせいか名前まで思い出せない。けれど、相手は穂香のことを知っている。それも、よくない理由のせいで。
 立ち尽くす穂香に近づき、森田達はにやにやとしながらアカギを見上げた。その体格に僅かに怯んだ様子を見せたものの、高圧的な態度は一切変わらない。穂香を嬲るような目つきは、より一層濃さを増していた。

「へぇ〜、強そうな人やん? 噂どーりやね。……さっすがヤクザの彼氏」
「ちがうっ!」
「えっ、ちょっとやだなに急に〜。赤坂さんこわいー」

 アカギには聞こえないよう潜められた一言に噛みつくように否定すれば、途端に二人が寄り添って怯えた声を出す。はっとして口元を覆ったが、もう遅かった。見上げたアカギは訝しげな表情で穂香を見下ろし、周囲の人間もなんだなんだとこちらに視線を集めている。
 ――どうせみんな、私の味方じゃない。
 だからこのとき、泣きそうになるのを寸前で堪えながら俯いた穂香の頭に軽い衝撃が降ってきたのは完全に予想外の出来事だった。

「穂香。こいつら、お前の友達か」

 低い声。
 ともすれば怒っているのかと聞きたくなるような声が、穂香に問いかける。促すように頭を揺すられて、そこで初めて気がついた。――今、頭の上にアカギの大きな手が乗っている。
 滲みかけていた涙も、驚きによって引っ込んだ。「どうなんだ」と聞かれたが、今度は返答に困って言葉が出ない。

「そうなんです〜。ね、赤坂さん?」

 ――ちがう。
 友達なんかじゃない。そう言いたくても言えるはずもなく、ぎこちなく頷けば森田は満足そうに胸を反らして笑った。ネイルの施された華奢な指先が、そっとアカギの腕に触れる。逞しい腕と綺麗な指先の対比に、なんだかドキリとした。

「あたし、森田沙耶っていうんですけどぉ」
「――お前、友達の趣味悪ィな。こないだのサルみてェにうるさいガキの方がよっぽどマシだろ」
「は?」
「触んな。ガキのくせに香水臭ェ。――行くぞ、穂香」

 森田の腕を振り払い、アカギは冷たくそう言って穂香の肩を後ろから押した。信号は青だ。渡れと言うのだろう。けれど、それを許す森田ではない。

「ちょっと待ちぃや! 趣味悪いんはどっち!? 赤坂さん、ほんまにヤクザと付き合ってたんやね! そんっな乱暴な男と付き合ってるとか、ほんま――」
「あ?」

 森田がなにを言おうとしていたのか、最後まで分かることはなかった。顔を真っ赤にして怒鳴る彼女の声は、振り向いたアカギのたった一言によって続きを消失してしまったからだ。
 横断歩道の通知音が虚しく響く。行き交う人々がこちらを見る。穂香ならばすぐにでも消えてしまいたくなるこの状況下で、アカギはまったくいつも通りだった。震えあがるほど鋭い視線で森田を射抜き、そして――。

「お前、“そう”思ってんのによくコイツにケンカ売れるな。よっぽど肝据わってんのかただのバカか、どっちだ?」

 牙を剥いて笑う獣がそこにいた。
 高みから見下ろし、アカギが笑う。その酷薄な笑みに、森田だけでなく穂香の足も竦みそうになった。逞しい腕が伸びてきて、穂香の身体が自由を失う。彼にすればほんの軽く引き寄せただけなのだろうが、喉元に食らいつかれたかのような錯覚が穂香を襲った。一体今なにが起きているのだろう。
 腰を屈めたアカギが、穂香のすぐ耳元で嘲笑した。――しかしそれは、穂香に向けられたものではなかった。



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