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 悪戯っぽく笑えば、お団子頭の店員は楽しそうに笑ってレジへと走っていった。電卓とトレイを手に戻ってきた彼女から代金と引き換えにラッピングされたそれを受け取って、ぶらりと店内を見て回る。レディスものの店ではあるけれど、一人でうろつくことにさほど抵抗はなかった。視線は確かに突き刺さるが、あまり気にするほどでもない。
 しばらくすると奏が小走りで戻ってきたが、彼女はしきりに不思議そうに首を傾げていた。

「どうしたの?」
「それがさぁ、もう商品包んでんのに『少々お待ちください〜』って無駄にちょっと待たされたんよ。なんやったんやろ?」
「さあ……、レジの不調かなにかだったんじゃないの?」
「そうかなぁ」

 それはきっと、気を利かせた店員がこちらの支払いとラッピングが終わるまで時間を稼いでくれたからだろう。ほんの少しの申し訳なさを覚えつつも、ナガトは笑いを噛み殺すのに頬の内側を強く噛む必要があった。
 ミルクティー色の髪が、すぐそこで揺れている。勝気な瞳がこちらを見上げ、屈託なく笑った。

「なあ、次は本屋寄っていい?」
「いいよ。奏の好きなとこ行こう」

 ――惚れんじゃねェぞ。
 警告のように響くアカギの声を、ナガトは一つかぶりを振って追い払った。
 違う。そんなつもりはない。
 ポケットに入れた小さな包みが重みを増す。これを渡すとき、彼女はどういう反応をするのだろう。笑うのか、困るのか、それとも怒るのか。照れくさそうにしながら喜んでくれたらいい。白一色に染め変えられた世界ではつまらないと言い切ったのと同じ唇から、喜びの声を紡いでほしい。
 奏に合わせたマフラーの赤は、あのとき見た“赤”とは全く異なっていた。彼女に似合うのは、同じ赤でもあんな毒々しい色ではなくて、温かみのある色だ。

「今日の晩ご飯、なんやろなー。今日はほのが当番なんやけど、あんたらも食べてく?」
「え、いいの? やったねー!」
「余裕あったらの話な! いっつもちょっと多めに作るから、大丈夫やと思うけど。聞いてみる?」
「ううん。食べられるかどうか、帰ってからの楽しみにしとく」

 なんてことはない会話を楽しむ余裕があることに、安堵している自分がいる。
 ――彼女達の日常を脅かしたのは、他ならぬ自分達なのに。


* * *



 やかんを持つ手が震えたのは、きっと水の重さだけが原因ではない。
 お湯を沸かすだけでこんなにも緊張するだなんて、思ってもみなかった。リビングからは再放送のバラエティ番組で飛び交う笑声が聞こえてくるというのに、そこにいる人物はくすりともしていなかった。たったそれだけのことが、穂香を針の莚(むしろ)へと追い立てていく。
 リビングにいるのは、姉でもなければ両親でもない。普段の作業服でこそないものの、独特の雰囲気は変わらないその人は、ちらりと穂香を見てなにも言わずに手元の新聞に目を通し始めた。
 ――どうしてアカギなのだろう。これがせめて、ナガトだったなら。
 以前にも似たようなことを思った気がしなくもないが、本心なのだから仕方がない。
 男性は苦手だ。特に、アカギのような武骨な男性は。ナガトならまだ、柔らかく笑って穂香に話を振り、適度に場を和ませてくれるだろう。少なくとも、こんな風に息の詰まるような空気にはならなかったはずだ。
 よりにもよってこのタイミングで温泉旅行に出かけてしまった両親は、今頃関東地方にあるかの有名な温泉街でゆっくりと羽根を伸ばしていることだろう。
 奏とナガトは二人で買い物に出かけている。夕飯の買い物程度ならすぐに戻ってくるだろうが、あの二人は少し足を伸ばした大型ショッピングモールに出かけてしまった。服やらなにやらを見てくるのなら、夕方まで戻ってこないに違いない。
 ここ最近、彼らはとても仲がいい。二人で出かけることも増え――護衛のためだとナガトは言うが――、談笑している姿もしょっちゅう見かけるようになった。今日だって、とても楽しげに家を出ていたではないか。あれではまるで、デートのようだ。そんな華やかで浮かれた空気とは無縁の穂香は、苦い思いを噛み締めながら付近を握り締めた。
 秒針の進む音だけが、やけに耳につく。紅茶とコーヒーを淹れてアカギに出したが、短い礼だけで会話らしい会話はない。虚しく響くテレビのわざとらしい笑い声がさらに座りを悪くさせ、カップの中の紅茶を飲み干す頃、穂香は堪らなくなって切り出した。



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