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「ま、いいわ。これだけ揃えばじゅーぶんでしょ。ちょっとそこのあんた、車出して。ヴェルデ基地まで連れてってよ」

 ここでは、どれほど高飛車に命令したところで許される。
 この研究所内では、彼女――ドルニエが事実上のトップだ。ここでは誰も彼女には敵わない。同じ分野で彼女と張り合うことができるとすれば、それは彼女と血を分けた者しかありえないだろうと言われている。だが、敵う者など本当にいるのだろうか。酷薄な笑みを浮かべ、ドルニエは足早に研究室を出た。
 白衣を脱ぎ捨てると廊下に放り出し、回された車に乗り込むなりドルニエはテールベルト空軍のヴェルデ基地へと向かった。軍人は好きではないが、実験材料としては壊れにくくて申し分ないので、まだ我慢ができる。程よく頭が悪いのも、相手は犬かなにかだと――つまり人間でないと思えば、まだかわいく思えた。
 ゲートを抜けて施設内に足を踏み入れると、すぐさま案内人の男がやってきた。空渡の――他プレートへと渡る――ためのヴァル・シュラクト艦発着場に向かう際、長い廊下の向こうから資料を抱えて歩いてくる女と擦れ違う。
 その髪色を見て、すぐに分かった。艶やかな緑の黒髪。抜けるような白い肌に、軍部の女とは到底思えない洗練されたたおやかな物腰。ちらりとドルニエを見るなり壁際に寄って足を止めて会釈した、その角度すら完璧だった。
 野蛮な軍人の中には溶け込みきれない美貌を持った、とても興味深い血を持つ女。

「うっわ〜、ほんとにいるんだ、お姫様」
「ドルニエ博士、こちらです。空渡に関するご説明をいたします」
「え? ああ、そんなの適当でいいからさ、あのお姫様のコト聞かせてよ。だってあれ、“マミヤ様”でしょ?」

 テールベルト空軍に入隊した、毛色の変わった“お姫様”の話は聞き及んでいる。だが、所詮は王族から弾き出された異分子だ。不要だと判断されたがためにここにいるのだろう。あれなら好きにいじくりまわしてもよさそうなものだが、上が許可しないのだから指を咥えて見ていることしかできない。

「申し訳ございません、隊員の個人情報に関しましてはお答え致しかねます。ドルニエ博士、どうぞこちらへ」
「はぁ? なにそれつまんない。こっちで勝手に調べるからいいけど。――で、なんだっけ。この分厚いマニュアルに書いてあることならぜーんぶ覚えたけど、あんたはそれ以外の有益な情報を提供してくれるわけ?」

 形良い唇でにんまりと弧を描いて首を傾げれば、男は僅かに眉を寄せて小さく首を振った。

「プレートナンバー3840-C、着地点19957-J-K2。空渡時の衝撃には左右のレバーで気圧を調整し、対処。緊急脱出の際には座席左下部のレバーを引く。他に注意することは? ああ、もちろんこのマニュアルに載ってないことでお願いね」
「現地での感染者が急増しております。そのため、」
「その辺は大丈夫。あたし一人で行くんじゃないんだしさー。んじゃ、もういい? 早いとこ出発したいんだけど。あたし、とろとろしてるの大っ嫌いなのよね」
「……了解致しました。ご案内致します」

 プレートを渡るためには、ヴァル・シュラクト艦の存在は元より、強力な緑場(りょくば)が必要となってくる。艦はあれでいて木製だ。植物の力を利用して運用するため、“緑”が必要不可欠だった。他プレートのように緑が自然に存在している場合は、自然から動力源を吸収するためにどのような場所でも動かすことが可能だが、この国では緑場と呼ばれる特別な施設からでなければプレートを渡ることはできない。
 厳重に警備と管理がなされた緑場には、初めて訪れた者ならば誰もが見惚れてしまう空間が広がっている。軍の施設とは思えないそこは、楽園とも呼ばれるほどだ。

 ドルニエですら、その光景に思わず笑みを浮かべていた。
 ここはまさに楽園だ。
 眼前に広がる色鮮やかな花畑。広大な広さを持つ室内には、天井、壁、床に所狭しとばかりに緑の蔦が這い、赤や黄色といった天然色の花が揺れている。これでは一級生花店も顔負けだ。そこに浮かんだ何隻ものヴァル・シュラクト艦は、天井から釣り下げられた巨大な花籠の中に入れられているようにも見えた。実際は鎖に蔦が巻きついているだけにすぎないのだが、それだけこの場には緑が溢れている。
 植物園の比ではない。そんな施設とは比べ物にならない緑気だ。緑場の中央に設置された大きなカプセルは蝶々のさなぎのようでもあったし、まだ固い花のつぼみのようでもあった。それが時折、ぼんやりと黄緑色の淡い光を放っている。そのカプセルの中身は、かつての希望の欠片なのだろう。


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