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 聞こえてくるのはアカギの声だ。だが、何度聞いてもそれはただの音の羅列でしかなく、しかも自分の知っている音では表現できない。ドイツ語に似ているような気もしたが、まったく耳に馴染んでこない。唖然とする奏を見たアカギがまたしても耳の機械をいじると、その言葉はなんの引っかかりもなく「ホッチキス」と聞こえた。
 あの機械が便利なことは知っているが、今の言葉は一体何語だったのだろう。

「今アカギが喋ったのが、テールベルトでの言葉で“ホッチキス”。俺らは自動翻訳を使ってるから、どこでも言葉に不自由することはないんだ。いつも通り喋ってるつもりなんだけど、奏にはちゃんと通じてるでしょ? 勝手に言葉が訳されてる。んで、針で紙を止める機械なら、テールベルトにもあるからね。――ま、もっともうちのは、こんな握るタイプのじゃなくて、ペン型なんだけど」
「はあ……」
「形が違っても、用途――その物の概念が似てるものが、自動的に選ばれる。翻訳ってそういうものでしょ?」

 ナガトはホッチキスを机の上に戻し、笑った。

「でも、こないだのハインケル博士の説明では分からない言葉も多かったんじゃない? あれは、該当するものがこっちにはなかったから。だから、最も近い音になって聞こえたってわけ」
「なるほど……?」

 分かったような分からないような、微妙なところだ。
 テールベルトに存在し、それと同様のもの――まったく同じとは限らない――がこちらにも存在していれば、自動的に言葉は翻訳されるというわけか。英語と日本語の翻訳とそう変わらない。便宜上翻訳されるものでも、英語圏と日本語圏の“それ”とはまったく別物が出てくる場合も多々ある。
 概念そのものも近しいものに変換されていると言ったが――、やめよう。簡単なような複雑なような、そんな問題を考えていると頭が爆発しそうだ。奏は何度か頭を振って、無理矢理思考を停止させた。
 ただ、同じ言葉を使っていても、本当の意味でそれが同一かどうかは分からないということだけはすとんと頭に入ってきた。

「あー、で、なんやったっけ。……あ、そうそう、戦闘機! なんで戦闘機で戦うん?」
「感染獣の中には空を飛ぶ奴もいるし、飛行樹が味方だけとは限らねェからな。空賊だってわんさかいっから、そいつら落とすのも俺らの仕事」
「あと、飛行樹も植物性だから、たまーに影響受けてバグるわけ。民間機なんて特になんとかしないといけないからね。――国同士の戦争は今のところないけど、ま、それを見越して戦闘技術磨いてる節はあるかなーって感じ。テロも少なくないしね」

 それと、とナガトは付け足した。

「植物だから花粉とか空を渡るのも多いでしょ。それに広範囲に渡る汚染の場合、爆撃機で上から焼夷弾落として燃やしちゃうのが一番手っとり早いんだ。まあ、いろいろリスクがあるからこれはあんまり好ましくないんだけど。だから空軍が大活躍ってわけ」
「ふうん……」

 結局、異世界でも人同士の思惑や争いは絶えないということらしい。いろいろあるんやねぇと呟いて、奏はパソコンのモニターに向き直った。
 白の植物を駆逐する二人は、人間――感染していない、ただの人だ――を殺したことがあるのだろうか。今この瞬間にも、世界のどこかで戦争が起きている。それはあまりに遠い世界の話のように思えたけれど、確実に起きていることなのだ。遠いどこかの国で、ゲームのように人が殺される。
 だったら、彼らは。
 どこか遠い国の話が、すぐ目の前の現実となって迫ってきたら。
 彼らがその手でたくさんの人の命を奪っているとしたら、そのとき、自分は今まで通り笑っていることができるのだろうか。




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