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「俺の命じる内容を聞き入れるのに、理由がいるか」
「お聞かせ願いたく存じます」

 猛禽類の双眸が、ソウヤの青い瞳をまっすぐに見つめる。ソウヤは瞬きも忘れて、その目を見つめ返した。やがて先にイセの視線が外れた。だが、緊張感は変わらない。
 そのとき吐き出された小さな溜息にはどんな思いが込められていたのか、あとから思い返してみても分からなかった。

「――お前を失いたくない」

 小さく、低い一言。
 それだけを言い置いて、イセは踵を返して行ってしまった。残されたソウヤとイブキは唖然とすることしかできずに、間抜け面でその背中を見送る。
 苦虫を噛み潰したかのような顔をして、あの人は今、なにを言ったのだろう。

「『お前を失いたくない』、だなんて、とんでもない殺し文句っすね……」

 テールベルト空軍特殊飛行部白木駆逐隊G-r3eイセ隊所属、ソウヤ一尉。それがソウヤの身分になる。
 優秀な実績を誇るイセ隊の中でも、戦闘機の扱いに最も長けたパイロットはソウヤだ。空戦競技会での成績は目覚ましく、実戦経験も豊富で腕は確かだ。
 そんな自分を失いたくはないと、イセは言った。それは身に余る光栄でしかない。胸の奥底から歓喜が湧き上がってくる。
 ――だが。

「……首突っ込んだら消される案件っつーことか、これ」
「あー……。たぶん、そう、デスネ」
「まあいいわ。さっき言いかけたこと吐け」
「えええ!? この流れで!? 首突っ込んだら消されるって、今ソウヤ一尉自らそう言ったじゃないですか!!」
「るっせぇよデブ。その団子鼻毟り取られたくなけりゃ早く言え」

 暗い考えが頭を覆う。それを振り払うようにイブキに迫ったが、彼はもごもごと口籠って難色を示した。
 彼の胸から微笑む美少女にライターを差し向ければ、それまでが嘘のようにあっさりと口を割ったけれど。たかが人形を燃やされかけたくらいでこうも簡単に喋るようでは、これから先が心配だ。と同時に、あの机周りにあった人形をすべて捨ててやったら泣き喚くのだろうかと思い当たって、少しばかり興味が湧いてくる。なにしろソウヤは、人様の泣き顔が大好物なのだ。
 しかし、そんなことを考えていられる余裕があったのも最初の方だけだった。イブキのもごもごとした声は聞き取りにくかったが、それでも脳内で処理をした情報は驚愕以外の感情を引き起こさない。

「……お前、なんでンなこと知ってんだ。ただの開発部の一曹が握れるネタじゃねぇだろ、それ」
「いや、あのですね、兄が、研究所の職員だったんですよ。しばらく前に、心を病んで辞めましたけど」

 多忙を極める職務に就いていると、精神を病む者は少なくない。だが、イブキの話を聞いたあとでは妙に勘ぐってしまうのを押さえきれなかった。彼の兄は、本当にただ心を病んだだけなのか。もっと他に理由があるのではないのか。様々な思考が巡り、靄のかかった現実が眼前に迫る。暴いたが最後、それはどんな化物の姿となるか分からない。
 団子鼻がひくりと動き、重苦しい声が唇から零れた。

「自分が出せるのは、これくらいなもんです。ハインケル博士は、ただものじゃない。あの人は常軌を逸した科学者だ。それを容認している上も。その博士が上の命令でナガト三尉とアカギ三尉の元へ送られたって言うんなら、ただのプレート調査のはずがない。……彼らは、ただの被験者にしかなりえない」

 脇の下にじんわりと汗が滲む。乾いた舌が口の中でぴたりと張りついて動かない。
 思い出すのは、まだまだ青い二人の幹部候補生の姿だった。自分と同じ緑防大出身で、これからの空軍を担う幹部となるはずの、荒削りながらも期待ができる若い翼達。
 ソウヤの胸で、スズランの徽章が光る。
 閉じた瞳の奥に、緑の欠片がちらりと見えた。




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