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「あっ、貴方はソウヤ一尉!? どうなさったんですか?」
「お前がイブキ一曹だな。スズヤと知り合いの」
「え、ええ、まあ。スズヤ氏とは夜通し萌えを語り合った仲のイブキ一曹ですけど、それがなにか?」
「……まあいい。なんでもいいわ。単刀直入に言う。お前も状況くらい分かってんだろ。そのスズヤがお前をあたれっつっててな。なんか知らねぇか」

 きょとんとしたイブキが、途端に眉をひそめた。ナガトが見れば「可哀想」とでも評しそうな団子鼻を擦り、イブキは首を捻る。なにも思い当たらないとは言わせない。開発部の連中でも、ある程度現状は把握しているはずだ。
 彼は作業服の胸ポケットから垂れ下がる猫耳をつけた美少女を何度かつついて、しばらく考えたのちにソウヤを見上げた。

「申し訳ないですけど、なにも。ヒュウガ隊に関することは下りてきてないと言いますか、一種のタブーになってます。話題に出すこともまずないっすね」
「ヒュウガ隊に関する話だってことは分かんだな」
「そりゃ、そういう切り出し方されたら感づかずにはいられないというかなんというか。スズヤ氏が絡んでるならなおのことと言いますか」
「そのスズヤがお前を指名した理由はなんだ。開発部の一曹がなにを握ってる?」

 胸が膨らんだマウスパッドが敷かれたデスクに腰かけ、ソウヤは長い足を見せつけるように組んでイブキを見下ろした。
 小さな一重の瞳が何度かあちこち泳ぎ回り、意味のない音を乗せた独り言が空気を震わせる。そわそわと周りを気にするような素振りを見せたということは、この男がなんらかの情報を握っているとみて間違いなさそうだ。
 しかし、こんな開発部の一曹がなにを知っているというのだろう。そして、スズヤはなぜそれに気づいたのか。冷ややかなソウヤの視線に応えたのは、イブキ本人ではなく彼の胸ポケットから揺れる美少女だ。

「ええと、そのぉ、自分が知っていることは大したことではないと言いますか、その、あの……」
「なんでもいい、吐け」
「ひえっ、ヴィランズ的な台詞すぎますソウヤ一尉! ですから、その、気になるのは……ハインケル博士のことでして」
「ハインケル?」
「はい。一件のあと、ハインケル博士が出ていったんですよね? 出頭命令が下り、他プレートの調査任務を与えられた――そう聞きました」
「ああ、俺もそう聞いてる。それがどうした」
「だったら、あの二人……」

 より一層潜められた声に、ソウヤは自然と腰を曲げた。薄い唇に耳を近づければ、さらに小さくなった声がそっと鼓膜を震わせる。

「あの二人、消されるかもしれません」
「……は? それってどういう……」
「少し出ましょう。シュシュたんにも外の空気を吸わせたいですし」

 胸ポケットの猫耳美少女に「ねー」と笑いかけたイブキは、その笑顔のままソウヤを外へと促した。



 幸い、基地内に設けられた喫煙所には誰もいなかった。利用する者が少ない場所を選んだのだから、当然といえば当然だ。蜘蛛の巣の張った天井をぼんやりと見つめながら紫煙をくゆらせれば、わざとらしくイブキが噎せる。
 太陽光の下で見るイブキは、ずんぐりとした体格の割には、やけに青白く見えた。開発部の人間は室内に籠もりきりだから仕方ないのかもしれないが、これでは不健康を体現しているようにしか見えない。締まりのない身体は戦闘職種の人間からすれば信じられないものだ。
 一本吸い終わったところで、ソウヤはイブキの肩を叩いた。

「んで、さっきのどういうこった。なんであのチビ博士が絡むと、二人が消される? つか、消されるってどういう意味だ」

 この期に及んで言葉を濁そうとするイブキの肩をがっちりと組み、飢えた獣が唸るが如く耳元で「吐け」と囁けば、逃げ場を失ったイブキはしゅんと項垂れて落ち着きなく指を動かした。
 そう時間はかけていられない。もう一押しかと物騒な考えが脳裏によぎったところで、イブキはやっとか細い声を上げた。

「ソウヤ一尉は、ハインケル博士がなんで嫌われてるのか、ご存知ですか?」
「あ? そりゃ、チビ博士のお口がゆっるゆるだからだろ」
「おくちがゆるゆる……。ぬはっ、なんか卑猥な言い方っすね! ――あ、いや、まあ、確かにそうなんですけど、理由ってのはそれ以外にもあるんです。……あの人は、とても怖い」
「怖い?」



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