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 舞い散る赤に、囲む紅。
 その美しさに、息を呑む。


 京都の名所の一つである伏見稲荷は、京都駅から電車で移動し、そう遠くはない場所にある。名前を聞いただけではパッと浮かばなくとも、朱塗りの千本鳥居が美しいあの場所だと言えば誰もが一度はなんらかのメディアで見たことがあるだろう。
 歩くたびに、ざり、かつん、と音を立てる石畳。どこまでも続く、朱色の鳥居。それはこの世とあの世を隔絶するような、不思議な雰囲気を放っていた。あちらとこちらの世界を繋ぐ、そんな表現が似合いの場所だ。
 紅葉シーズンとはいえ、平日なのが幸いして、むせ返るような人の波はない。決して少ないとは言えないが、それでも嫌気が差すほどではなかった。これが休日ならば、鳥居を見るよりも人の頭を見る時間の方が長いくらいだ。

「なんていうか、ここ、ドミノみたい」
「ナガト、それ禁句」

 そう言ったものの、奏自身そんな風に考えたこともあるので、あまり強く言える立場ではない。不謹慎だと咎める者もいないので、盛大にけらけらと笑っておいた。
 夕暮れ間近の京都伏見。紅葉の隙間から零れ落ちてくる夕陽を、朱塗りの鳥居の隙間から見やる。これほど贅沢なことがあるだろうか。
 神社とはいえ山の中だ。美しい景色を眺めながらも足下にも気を配り、一段一段確かめるように石段を上っていると、目の前に手を差し出された。息切れ一つ起こしていないナガトが、「ほら、手」と微笑みかけてくる。ここで断るのも大人げないような気がして、奏はハイタッチでもするかのように乱暴に手を重ねた。顔に似合わずしっかりとした硬い手に引かれつつ、奏は伏見山の頂上を目指した。

「それに、して、もっ! ほのも来ればよかったのに。……まあでも受験間近やし、人混みで風邪貰っても困るもんなぁ」
「いや、多分そういう問題じゃないと思うけど」
「じゃあどういう問題?」
「人混みでしょ。核(コア)とか感染者が怖いんだと思うよ。――あ、奏、そこ気をつけて。落ち葉で滑りやすいから」
「ありがと。――ああでも、なるほどねー。確かに、その心配はあるか」

 登るほどに自販機の値段が高くなっていて、その商魂の逞しさにナガトと顔を見合わせて笑った。持参した水で喉を潤し、先を目指す。
 空が赤々と染まった京都の秋が、奏の身体を包み込む。見下ろす山々は赤や黄に染まり、その美しさに言葉を失った。舞い散る紅葉は、ナガトの目にも美しいものと映ってくれたらしい。穂香と一緒に家で留守番をしてるアカギには悪いことをしたと思うが、土産に八つ橋でも買っていけば許してくれるだろう。――多分。あの男が菓子一つで上機嫌になるなど想像もつかないのだから、多分としか言いようがなかった。
 ヒールで山登り――舗装された道ではあるが――をすること、しばらく。やっと山頂まで辿り着いた奏とナガトは、しっかりとお参りを済ませて一息ついた。夏とは違い、あと三十分もすれば日が暮れるだろう。街灯が灯されるとはいえ、真っ暗な下り道を進むのは心もとない。
 無数に並ぶ小さな鳥居を眺めていたナガトが、疲労の色を滲ませる奏を見てくすりと笑った。

「お疲れー。大丈夫?」
「だいじょーぶ。前にも一回登ったことあるし、うん、平気。夏場とちゃうし。あー、でもあっつぅ!」
「風邪引くと困るから、しっかり汗拭いておきなよ。俺、後ろ向いててあげるし。――あ、なんなら背中拭いてあげようか?」
「アホ!」

 一喝してやれば、ナガトは大人しく後ろを向いて景色を楽しみ始めた。その間にタオルを服の間に差し入れ、滲んだ汗を拭っていく。多少の気恥ずかしさは残るものの、今拭いておかなければあとで痛い目を見るのは間違いなかった。

「俺さ、ずっと興味あったんだ。紅葉ってどんなものなのかなーって。緑が赤に変わるなんて不思議だよね。……こんなに綺麗だなんて、思いもしなかったけど」
「やっろー? 穴場とか知ってたらもうちょいよかったんやろうけど、あたしもあんま知らんしさー。でも、京都はわりと近いからいつでも案内したげんでー。雪化粧した金閣寺とかもめっちゃ綺麗やし! って、あ、そっか。あんたらからしたら、白はいい色ちゃうか」
「気にしてくれてるんだ?」
「一応なー」


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