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そして欠片は飛来する *2
蜂型結晶、全国に
猛暑続く8月、全国各地でさまざまな形の白い結晶の発見が報告されている。中には切り株そのままの形の結晶や、リスのような結晶も見つかっており、新鉱物の解明を急いでいる。
京都府京丹後市では……――
――20XX年8月某日 ○×新聞
* * *
空間圧縮システムと防御システムを全出力で稼働させても、その瞬間、艦内には凄まじい衝撃が走った。全身を揺さぶられ、椅子に叩きつけられた身体が痛みを訴える。戦闘機で嵐の中を突っ切る方がまだマシだと思えるようなそれに、胃の奥からなにかがせり上がってくるのを必死で堪えなければならなかった。
衝撃が止む頃には、肘掛けを握り締めていた手がじんと痺れていた。
「いったたた……。お前さ、もうちょっとまともに降ろせないわけ? もう最悪。へったくそ」
「うるっせェ。防御姿勢取れっつったろバカ。へらへらしてっからだバカ」
「おんなじ暴言しか言えないとか低脳の証拠だよ、お前。ちょっとは勉強しろバーカ」
「おっまえも変わんねェだろうが根性悪!!」
ああもう、うるさい。
口の悪い同僚の腹を一発殴って黙らせるつもりだったが、途中で躱されて余計にうるさくなった。狭い艦の中では音が反響しやすいせいで、耳から侵入した騒音が容赦なく頭を揺さぶってくる。地声の大きなこの男と一緒に乗ると、大抵こんな目に遭うから嫌だ。
出来はともかく、レーダーを見る限りは無事に目標地点へ着けたらしい。反応を示す点が大きく光っている。本来ならこんな場所に着艦するようなものではないのだから、ある意味この程度の衝撃で済んだのは上出来だったのだろう。だが、手放しに褒めるのは悔しさが邪魔をして言葉にならない。
そんな思いを振り払うように、電子端末画面に指を走らせた。送られてきた指令内容を確認する手が一瞬止まりかけ、すぐさま確認ボタンを押して気持ちを切り替えた。
「計器の異常もないし、気圧もいい感じかな。酸素濃度も問題なし。そっちは?」
「破損警告はなし。中の問題はないな。この調子じゃ外も平気だろ。補修の心配はいらねェっぽい」
一つ一つスイッチを確認していく無骨な指は、それでいてとても丁寧に点検を進めていく。丁寧な確認は基本中の基本だが、どうにも似合わず笑いそうになった。見た目からして、彼はそういった細かい作業とは無縁に思えるのだから仕方がない。
そんなことを言えばまたギャンギャンうるさく怒鳴られることは目に見えていたので、しっかりと口を噤んでおく。これ以上の面倒事は避けたいのが本音だ。
「そんじゃ、行きますか」
そんな風に伸びをしながら言ったものだから、案の定「気ィ引き締めろバカ!」と怒鳴られた。
* * *
一介のサラリーマンがローンを組んで買った庭付き一戸建ての広さなど、たかが知れている。
狭くはないが、決して広くもないその庭に、なにかが存在しているのは間違いなかった。母が趣味を凝らしたガーデニングの花壇の上に、黒っぽい大きな固まりがどんと乗っている。街灯に照らされてぼんやり見えるそのシルエットは、とても不気味だ。
大きいはずなのに、庭の中にしっかりと納まっている違和感があった。どう見たってあんな大きなものは庭には入らないだろう。それとも、そう見えるだけで実際は小さいのだろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。こうなれば大きさなど問題ではなかった。それよりもなぜ、こんなところにあんなものがあるのだろう。そもそもあれは一体なんだ。
――どうすればいい? 警察? 消防? 市役所? どこに相談するのが正しいのだろう。
心臓がけたたましく鳴り響いている。どうしよう。もしかして隕石かなにかだろうか。なら、どうすれば。いつもの「どうしよう病」が始まったことを、穂香は頭の片隅で自覚していた。どうしようをやめるには、どうしよう。
カーテンに手をかけたまま、ベッドに座り込んでじっと謎の物体を見つめ続ける。身体は震え、それ以上どうすることもできない。どうしよう。どうすれば。
――「どうしよう」と考える余裕があったのも、その瞬間までだった。
「――ッ!」
開いた。
音もなく――本当はしたのかもしれないが、穂香の部屋は二階だ――、物体の一部がぱかりと開いた。丸く切り取られたような蓋、そしてそこから見える穴らしきもの。
穴から人の頭だろう影が覗いたところで、穂香は声にならない悲鳴を上げて奏の部屋に転ぶように飛び込んだ。
「うわわっ、なになに、どうしたん!? ほの? どうし――」
「まっ、窓! 下! 庭! ひと!」
「は? へ? ちょっ、落ち着いて! 窓の下?」
全力疾走したわけでもないのに大きく肩が上下し、肺が悲鳴を上げている。訳も分からない恐怖で滲んできた涙を拭って、庭を覗こうとする奏の服をぎゅっと掴んだ。