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「シエラを助けてくれたら、たぁっくさん気持ちいいコトしてあげる。やくそくするよ。だからおねがい、シエラたちを助けて。ルチアのおともだちなの」
「……そうまで言われてしまっては、断るわけにもいくまいな」
「ほんとっ? じゃあ、助けてくれる!?」
「おうとも。愛らしき嬢のため、一働きしてみせよう」
「よかったぁ……」

 先ほどとは打って変わって年相応の笑顔を浮かべたルチアの身体から、ふっと力が抜け落ちた。そのままもたれかかってくる小さな身体を受け止め、呼吸が安定していることを確かめてからほっと息を吐く。
 どうやら緊張の糸が切れたらしい。ここまで来るのに相当な苦難を強いられたのだから、当然の反応だった。
 テュールを腰に提げた荷袋に入れ、ルチアを抱き上げて雲に隠された山の頂を見上げる。

「どうした、我が友よ。私の助けが必要とは、おぬしらしからぬ事態だな」

 竜さえ操る力を秘めた少女を抱いたまま、シーカーがからかうような笑みを向ける。
 約束を果たすべく、久方ぶりに翼を広げようとした矢先、並外れた平衡感覚を持つシーカーでさえよろめく地響きが、辺り一帯を襲った。木々がざわめき、鳥が一斉に飛び立っていく。足元を野鼠が駆け、それを追うように兎が跳ねる。まるで、我先にと逃げ出さんばかりの様子だった。
 ぴりっと肌に痺れを感じると同時、雷鳴よりもなお激しく空を裂く爆音が轟いた。

「ッ……!」

 咄嗟にルチアを庇うように外套(マント)を広げ、衝撃波に背を向けて耐え忍ぶ。
 放たれたのは竜の咆哮だった。絶え間なく吠え続ける巨大な竜の身体には、黒い雷を纏った風の塊が纏わりついている。距離はあっても、はっきりと見て取れた。あの竜はまともではない。
 闇に呑まれたその姿は、竜としての誇りを失ったものだ。
 雷撃がオリヴィニスの上空を襲う。目的がなにかなど、考える必要もない。

「結界を破る気か。……我が友よ。どうやら、助けに行く暇などないやもしれんぞ」

 苦く笑ったシーカーの背に、銅(あかがね)色の翼が音を立てて広がった。


+ + +



 貴女の声は彼方に響く。
 星が輝く空まで遠くに。
 彼にもきっと聞こえるでしょう。
 けれど、ほら、耳を澄まして。
 貴女を呼ぶ声がある。
 聞こえるでしょう、ほら。
 月に叫ぶ、竜の声が。


 人間社会で言えば人質に値するシエラは、実に人質らしからぬふてぶてしさで日々を過ごしていた。
 着替えを要求し、風呂を沸かせ、パンが食べたいと不満を零して用意させた。元から着ていた神父服を洗濯するように頼むと、風竜の若い娘の力であっという間に乾いて返還されてきた。
 ここまでしても、ノルガドはシエラを脅しつけたり傷つけたりはしなかった。他の竜達はシエラの横柄な態度にいい気はしていない様子だったが、竜の掟や理はよほどの効力を持つらしい。
 ノルガドが不在の間は長い鎖で部屋に繋がれているだけだったが、それも飽きたと言えば別の竜が見張りにつき、城の中を自由に歩き回れるようになった。さすがにライナ達のいる場所は教えてくれなかったものの、手紙を書いて料理番に預けることは許可された。
 こうなってくると、一体自分がどういう立場なのかよく分からなくなってくる。
 この背中に翼が生えていれば、今すぐここから逃げ出すことくらい簡単だろうに。晴れ渡った空を見ながら、シエラは溜息を吐いた。普段ならば見上げるはずの雲が足下に広がっている光景にも、この数日で慣れつつある。
 日に日に大きくなる竜の幼体を一匹抱き上げ、猫のように擦り寄ってくる鼻先にくちづけてやる。すると前髪を爽やかな風がくすぐった。どうやら機嫌がいいらしい。
 そうして遊んでいるうちに、一仕事終えたらしいノルガドが部屋に戻ってきた。竜とはいえ王である限り、それなりの仕事があるようだ。どこか疲れた様子の竜王が、昼間だというのに上着を脱ぎ捨てるなりベッドに倒れ込んだ。ひどく人間じみた仕草だが、泥酔した姿を見ている身としてはこの程度では驚かない。
 どういうわけか、この竜にはなつかれている気さえするのだ。

「姫神よ、腹は減っているか?」
「いや。それより、いつまでここにいさせる気だ。いい加減お前の食事に付き合うのも飽きた。ライナ達に会わせろ」



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