prologue [ 1/20 ]

*prologue


 暗がりを飛び交う、無数の光。
 これは何色と言うのだろう。蛍光とは言い得て妙だ。けれど目の前に広がる景色には、マーカーのようなぎらぎらとした刺激は微塵もない。日常ではあまり見かけることのない、黄緑色の光が辺り一面を埋め尽くし、ゆらゆら、ひら、ふわ、と踊るように流れていく。
 川のせせらぎの音に混じって聞こえる虫の声。立っているだけでじんわりと汗ばむ不快感など、どこかへ飛んでいった。
 伸ばした小さな手の先に、不思議な光が触れてはすぐに離れていく。
 ――まるで魔法みたい。
 幻想的な空間に、ここは異世界だろうかと思った。
 動きに合わせて光が揺れる。捕まえて家に持って帰ろうかと父は言ったけれど、それでは意味がなかった。まるで光が歌っているようなこの光景でなければ、意味がない。
 淡い光が明滅している。ぼんやりと、ふわふわと。暗闇の中に誘うように。

 幼い頃から、蛍が好きだった。
 初夏の頃、当たり前のように見てきた光景。世の中には、生まれてから一度も蛍を自分の目で見たことがない人間がいると聞いて、なんて人生を損しているんだと思ったほどだ。
 もう何年、あの光を見ていないのだろうか。圧倒的な美。妖艶なまでの光のざわめき。纏わりつく風に、水の音が重なって耳を支配する。
 あの光が恋のためだと知ったのは、少し大きくなってからだ。恋のため、と言い切れるかは分からないけれど。
 恋。
 恋の仕方なんて、分からない。
 どうしたら人を好きになって、どうしたらその人に好きになってもらえるのか。どう振る舞えばいいのか。
 付き合って、結婚して、子供ができて。幸せな生活は簡単に思い浮かぶのに、いつまで経っても、隣に立つ人の顔は思い浮かばなかった。

 ――その光を、見つけるまでは。


* 真冬のホタル *



 蛍のいないこの場所でふいにあの光景を思い出したのは、なにかの暗示だったのだろうか。





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