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――ほのちゃん大丈夫?
飛行機の座席に張り付くように座っていた穂香を、隣の郁(いく)が気遣わしげに覗き込んできた。
――うん、大丈夫、少しびっくりしただけ。
そう答える声に生気も説得力もないことくらい自分でも分かったが、それでも平気だと言ううちに、郁も渋々納得したらしい。穂香よりも深めに倒した座席にもたれ、心配の色は残したまま横目で「気分悪かったらいつでも言ってな」と言って外していたイヤホンを耳に戻した。
こういうところが付き合いやすい。ほっと息をついて、穂香は徐々に胃を揺さぶる振動に耐え続ける。
実のところ、もう少しで晩に食べたラーメンが顔を出しそうだったのだが、もうすでに関西上空を飛んでいるこの状況で、北海道ラーメンの思い出に浸りたくはない。
ガタガタと機体が激しく揺れるのは、乱気流のせいだろうか。
気を紛らわせるために、穂香は必死になって北海道ののどかな牧場を思い出した。
仲良くさせてもらっている友人達に誘われたときは、どうしようかと迷った。いや、むしろ迷うそぶりはしたが、断るつもりでいた。だが「なあ、ほのちゃん、うちら最後やで! 女子高生の間に、なんか思い出つくろうや」と一番付き合いの長い郁に押し切られる形で頷き、二泊三日の旅行に参加することになった。
穂香を入れて四人の女子高生の旅は、なかなかにかしましく、楽しかった。満足はしている。けれど同時に、罪悪感も穂香の中をずっとくすぶっていた。
受験生なのに遊んでしまったこと。
両親に旅行代金を支払ってもらったこと。
乗り物に弱いせいで、いらぬ気を遣わせてしまったこと。
他にも、たくさん。
お金は自分で払うと言ったのに、財布にねじ込まれるようにして諭吉さんが何人もやってきてしまったことは、悔やんでも悔やみきれない。返そうとするのだが、穂香が必死になればなるほど悲しげに眉を下げた両親の顔を見ると、それもできなかった。
一緒に旅行した夏美は笑う。「いいやん、もらっとき。羨ましいわぁ。うちの親は頼んでもくれんかったよ」他のみんなも同じことを言った。
だが、そうは言われても、価値観は簡単に変わるものでもない。
指先が白くなるまで肘掛けを握り締め、喉元にせり上がってくるラーメンの存在を意識しないようにとしていた穂香の努力は、「まもなく着陸いたします」という機内放送によって、ラストスパートに入った。
「うわ、大阪の空気や……」
「正確には大阪ちゃうけどねー。まあしゃーないやん、現実帰ってきてんから」
「しーっ! 言わんとって! 明日からまた勉強とか考えたくないわ……」
キャリーバッグを引きずる音に負けないくらいの声に、同じ飛行機に乗っていたのだろう人々がちらちらと視線を投げている。
視線を感じているのは穂香だけなのか、一人居心地悪く首を竦めて空港出口を目指していた。
「そういえば」と郁が会話の輪を抜けて、後ろを歩いていた穂香に歩調を合わせてきた。
「ほのちゃん、気分大丈夫? さっき酔ってたやんね?」
「え、ああ、うん。もう平気。……ごめんね、なんか心配かけて。それに、喋れなかったし……」
他の二人は前の座席で、楽しそうにおしゃべりをしていた。時折盛り上がりすぎてうるさくなり、周りの搭乗客から冷たい視線を浴びることもしばしばだったが、旅行帰りの女子高生はこんなものなのだろう。誰もがすぐに興味をなくしたように、その視線を外していく。
郁もおしゃべりは好きな方だ。きっと話したかったに違いない。そうしょぼくれる穂香に、郁は一瞬足を止め、呆れたように笑った。「ないわー」え、と聞き返す間も与えず、郁は続ける。
「謝る必要ないやん。酔って気分悪なってる友達にムカつくとか、そんなんあるわけないやろ? 行きと違って揺れも多かったし、しゃーないやん。やし、ほのちゃんが気ぃ遣う必要ないの」
「……そう?」
「そーう! たっく、いつになったらその辺のこと分かってくれるん? ほのちゃんって、そーゆートコ残念よなぁ」
わざと馬鹿にするような言い方が優しい。
うん、と、赤みの戻った唇に微笑を乗せて、穂香は頷いた。
――心の奥で、何度もごめんねを繰り返しながら。